第12話 大炎上、です!
『フゥー、フゥー……』
緑色の怪物が、怒りの形相でにじり寄ってくる。
何度目かも分からない緊張の汗がたらりと頬を流れたそのとき、奴――ゴブリンキングは巨大な棍棒で獲物を肉塊にせんと突進をしかけてくる。
僕はその攻撃を見極め躱し、反転し奴の背に向けて剣を滑らせる。
そこに出来た傷口に向けて、剣を握ったままの右手を掲げる。
「
『グギャッ!?』
火炎の弾丸が直撃し、奴はみっともなく地面に頭をぶつけた。
のそりと立ち上がる緑の巨体。
僕は深追いせず、つかさず距離を取った。
奴の巨体には無数の裂傷と火傷の痕。
対する僕にも、切り傷と打撲の痕があった。
三度目の戦いともあって、ほとんどの動きを事前に予測できるようになっていた僕が後手を踏むのには、理由があった。
(子ゴブリン共が、まだ出てこない!)
奴と僕の一対一に見えるこの戦場で、僕は伏兵の存在があることを知っている。
木材と藁、それに人間から奪ったのであろう布で造られた仮初の玉座の下には、今もゴブリンたちが潜伏しているのだ。
前の周までは気付かなかったが、ゴブリンの王はその場所へ僕を近づけさせないように立ち回っていたようだ。ここぞというときの切り札として残しておきたいのだろう。
思考リソースを伏兵へ割かなければならず、
僕が背中のバックパックに詰め込んだ切り札がやや重量があることもあって、僕は傷だらけになるほど追い詰められていたのである。
だが、そろそろ勝負を決めさせてもらいたいところだ。
こちらから仕掛けてやる、と思ったそのとき、
『フゥー、フゥー……ッ! ギ、ギャァァァアアアアアア!!!』
肌を赤黒く変色させた奴は、怒りを全身で表現しながら立ち上がり、棍棒を『突き』の姿勢で構えた。
(あの構えは……!)
あれは……そうだ。二度目の戦いで僕が吹き飛ばされた突進の構え。
子ゴブリンどもの強襲を受け、死に至る原因ともなった構えだ。
(だとしたら……)
思考を加速させる。
そして考え至る。
これは好機だ。
子ゴブリン共を一蹴する、好機。
ならば、今、僕がやるべきことは――、
『ギギャァァァアアアアアア!!!』
「ひぃっ!」
奴の怒りに足がガタガタと震えるが……、決意を固める。
僕がやるべきことは、怯えることじゃない。
僕がやるべきこと、それは――!
「……や、やーいやーい! お前の母ちゃんでーべそっ!」
めちゃくちゃに、煽ること。
「ざ、ざざざ雑魚マリモ
言語の壁など飛び越えるほどに、あからさまに煽ることだ!
『…………』
僕は煽った。
涎を大量に垂らしながら無言で怒りの形相を向ける奴を前に。
中指を立てながら、
腰を振り踊りながら、煽った!
(さてさて……奴の様子は……)
恐る恐る正対する大型ゴブリンを見やると、その肩は震えていた。
言語が伝わらずとも、僕が取った行動の意味は分かるようで。
もちろん、ブチギレていた。
『ギ、ギャァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「ひ、ひぃいいいいっ!?」
作戦は思った以上に成功したようで、奴はわき目も振らずに突っ込んでくる。
(落ち着け、落ち着け……!)
自分に言い聞かせ、僕は好機を待った。
地面を踏み鳴らしながら近づく巨体を見て、緊張が走る。
一秒、二秒――、
――ここ!
僕は心の中で叫びながら、足に込めた魔力を爆発させ、『上』方向へと跳躍した。
『グギャッ!?』
今更ブレーキもかけられない奴は僕の方へと振り返るが、自分で作った踏み込みの勢いを消すことはできなかった。
ドッガァァァアアア!!!
奴の巨体は、木材と藁の脆そうな玉座に直撃した。
『『『『『ギャギャッ!?』』』』』
下敷きになったのは、椅子の下で隠れていた子ゴブリン共。
奴らは、首領のキングも含めて、この瞬間は誰一人動くことはできない。
つまりは、こここそが好機であった。
「――えいっ!」
僕はバックパックの中から二本の大きな瓶を取り出すと、それを奴らが密集しているところへと投げつけた。
それらが奴らの付近で割れ、中に入っていた液体は奴らを濡らした。
僕はそこに向かって右手を向けた。
そして、思いっきり叫んだ。
「
六連射。
奴らの体は炎上した。
僕が洞窟へと持ってきたものは、道具屋で格安で購入した賞味期限切れの食用油であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます