第4話 献身

 深夜零時--


 コンビニのレジカウンターにいる……。


 嬉しい様な嬉しく無い様な……。


 どうやらこれは、死のうが死なまいがループするという事なのだろう……もしくは、何か試練の様なモノをクリア? する必要があるのか?


 まぁ、未来に期待も希望も無い僕には関係無いし、むしろ好都合だ。繰り返される日常の中なら将来への不安も現在の汚点も全てが無くなる。人生というゲームのリセットボタンを手に入れた今の僕に怖いモノなんて無い。


 ドルン、ドルン、ドルン……。

 大型トラックの馬力のあるエンジン音が駐車場から響いた後、紺色のツナギを着た大柄な男が入店してきた。僕はここぞとばかりに声をあげる。


「おい、トイレ使うなら店員に一声かけろよ」


「あっ?」


 大柄な男は、ガニ股で顎を前に突き出すと、あからさまに威嚇をしてきた。怖いモノは無いと思っていたがやはり怖いモノは怖い。ズンズンとレジへ近付いて来る大柄な男に僕はレジカウンターの後ろにあるカラーボールを投げ付けてみた。


 パチュン!


 普段から投げてみたかった。そんな僕の衝動と欲求が爆発する様に大柄な男のお腹付近は綺麗なオレンジ色に染まった。


 呆然とその場に立ち尽くしてオレンジ色に染まったお腹を見つめる大柄な男。まさか「あっ?」の一言で躊躇なくカラーボールを投げ付けられるなんて思ってもみなかったのだろう。


 物音に気付いた店長もレジ前へとやって来た。


「えっ? えー、なに? 強盗?」


 分かりやすく取り乱す店長に大柄な男が、


「いや、あのですね……」


 と両方の手のひらを見せて店長に安全を確認される様にしながらゆっくりと話しかける。


 パチュン!


 大柄な男の胸元が再びオレンジ色に弾けた。


 カラーボールは2個で1セット。2つ目を投げた理由はただそれだけだ。












 その後の店長と大柄男のやり取りを見ることも無く更衣室へと向かう。


「今回も帰るんですか?」


 バイト着を着替えている途中、紺野一果に話しかけられる。そろそろ来る時間だろうと思って少し待っていた。何を話す訳でも無いが彼女も生きているという証明が欲しかったのだ。


「帰るよ。痛いの嫌だし」


「えー、協力したら倒せそうですよ。昨日も後もうちょっとだったんですけどね」


「ふーん」


 例え、ループ世界の非日常であろうが困難に正面から立ち向かえる様な奴は現実世界でもきっとそうなんだろうな。


 意味も無く大柄な男にカラーボールを投げ付ける事しかしていない僕。かたや、戦う準備として更衣室で武器になりそうなモノを探る彼女。彼女と僕の圧倒的な思考の違いにただ愕然とした。


「怖くないの?」


「怖いですよ!」


 プラスチック製のバケツを兜の様に斜めに被って彼女が答える。


「じゃあ何で逃げないの?」


 彼女は腕組みをして「うーん……」と唸りながら下を向いた。斜めに被ったバケツがスッポリと彼女の顔を覆う。足元のモップも相まって、真剣な会話中とは思えないふざけた絵面につい笑みが溢れる。


「うん、やっぱりそう」


 続けて、彼女はバケツを目の上までたくし上げると、


「逃げる姿を見せたくないんです」


 と、待たせた割にキッパリと語彙力の低い言葉を名言風に言い放つ彼女に初めて親近感を覚えた。


 レジ前から店長と大柄男の警察を呼ぶか呼ばないかの問答が聞こえて来る中、更衣室で彼女と少し話をした。


 歳は20歳で近所の大学に通っている事。家に3人の小さな弟と妹がいる事。昔から貧乏で父親はおらず、病弱な母は入院中の為、今は大学を休学して働いている事。弟と妹達には日頃から「強くなれ。逃げるな」と諭している事。そんな話をまるで楽しかった映画の感想を述べるかの様に明るく話す彼女に居た堪れなくなった。


 僕は足元のモップを手に取ると店内に入り、窓ガラスに向かい思い切りモップを叩きつけた。恵まれない環境であっても希望を持って楽しく過ごす彼女、恵まれた環境であっても何の努力もせず自堕落に過ごす自分。そんな情け無さを晴らすかの様に端から端まで余す事無く全ての窓ガラスを割っていった。飛び散った無数のガラス片が手の甲に刺さっている。そこから滴る温かい血が何処か心地良く感じた。









 彼女の手を引っ張ると店の外へと走って連れ出した。しばらく走ると近所の公園にたどり着いた。2人で外灯下のベンチに腰を下ろす。


「手大丈夫ですか?」


 血まみれの手を取り心配そうに僕を見つめる彼女。


「大丈夫……怒ってないの?」


「何がですか?」


「逃げてきたから」


「あー、あそこまで派手に暴れたらもうコンビニも営業出来ないでしょ? つまり、あの犯人も来ないし、誰も死ななーい」


 額に人指し指を当て、同じ所を右に左にトコトコと歩きながら探偵の名推理が如く彼女が言い放った。


「そもそも、それが狙いでしょ?」


「あぁ」


 自分への情け無さから来る憂さ晴らしだ。なんて言える筈も無い。


「なら今回のループは休戦という事で」


 彼女はそう言うと再び僕の横にちょこんと腰を下ろした。


 非日常の中でさえ、何も見い出せずに俯く僕の横で、未来を見つめる様に月を見上げる彼女の横顔はとても神秘的で……とても綺麗だった。


 きっと彼女なら何かしらの方法でいつかこのループを止めて、明日を切り開く事が出来るだろう。よく残酷なニュースで見かける「そんな子じゃ無かったのに」なんて言葉はこんな不可思議な現象に巻き込まれた僕みたいな弱者の成れの果てなのかも知れない。どうか、彼女が明日を切り開くその時に僕が僕でいられる事を願うばかりだ。



 了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コンビニでタイムリープ始めました。 恋するメンチカツ @tamame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ