第25話 突破口


「……ちょっと待て。いろいろ起きすぎて混乱してっから、一旦休ませてくれ」


 そう言って、青田は右手で両目を覆い、深く深呼吸した。まあ無理もない。


 今日の朝、俺は青田にこの学園で起こっていることを話した。

 姉さんの死に錆川が関わっているかもしれないこと。

 その錆川を狙う、三人の襲撃者が存在すること。

 襲撃者たちは、姉さんが書いた小説の登場人物のモデルかもしれないこと。


 ……そして、錆川の『体質』が他人の傷や苦痛を肩代わりするものであること。


 青田は俺の話の大部分は納得したようだったが、さすがに『体質』については上手く呑み込めなかったようなので、実際に見てもらうしかなかった。

 昼休みになった直後、俺は青田と錆川を連れて文芸部の元部室に行き、青田が今朝負った手の甲の傷を錆川に肩代わりしてもらった。

 それを見た青田は驚きのあまりその場にへたり込み、今の状態に至った。


 しばらく深呼吸を続けた青田は、ようやく目を開いてこちらを見た。


「えーと、その、つまり錆川さん?」

「……はい」

「君は、他人の傷とか痛みとかを自分の体に移して、引き受けることができると。それでその引き受けた傷を一分で治すことができると」

「……その通りです」

「それで、その……『体質』? それが原因で命を狙われていると。君がいなければ都合がいいと思っている人たちが、この学園にいると」

「……私は、そもそも生きていても仕方がないので……皆さんの苦痛を引き受け続け、その果てに殺されればそれでいいと思います……」

「……マジで言ってるの?」

「私は本音を話していますが……?」

「……」


 青田は錆川の発言に対して呆気に取られているようだった。その気持ちに関しては全く同感だ。


「青田、とりあえずこれが俺たちの現状だ。錆川はこの『体質』で学園の生徒たちの傷を肩代わりしてきた。ただ、姉さんはそのことをよく思っていなかった。だから錆川のことを説得していたんだが、『錆川の悲劇を終わらせる』と言って命を絶ったらしい」

「つまり、お前が錆川さんに近づいてた理由はそれか」

「そういうことだ」

「なんだよ……てっきりお前、やっと女子に興味を示したと思ったのに……」


 なぜか青田は愕然とした様子でフラフラと立ち上がった。


「お前は本当にそればかりだな」

「当たり前だろ! 俺たち男子高校生だぞ!? 男子高校生ってのはいかに女の子と付き合うかを常に考えてる生き物じゃないのか!?」

「それはおそらくお前だけだな」

「なんだとう!?」


 いつもの調子になった青田を見ると、少し心に余裕ができたような気がする。ダメだな俺は。もっと早くコイツに話をしていればよかったんだ。


「……あの、青田くん。私もひとつお聞きしたいことがあるのですが……」

「え?」

「……先ほどの手のお怪我は、今朝負ったものということですが……どうされたのでしょうか?」

「ああ、クラスのヤツとケンカしちゃってね。ああそうだ、佐久間、そのことも錆川さんに話しておかないといけないんじゃないのか?」

「そうだな。錆川、実は俺たちのクラスでももう、倉敷先輩に送られたメッセージと同じものが広まってるらしい」

「……そうですか。申し訳ありません……佐久間くんの悪評は晴らさないといけませんよね……」

「いや、錆川さん。君も危ない状況なんだけども」

「私は別に……危ない状況であるならば、そのまま殺されてしまえばいいと思ってますので……」


 錆川の発言を受けて、青田は俺に小声で伝えた。


「……この子、いつもこうなの?」

「ああ、そうだ。慣れるまでちょっと時間がかかるぞ」

「慣れたくねえな……」

「そうだろうな」


 『自分など死んでしまえばいい』と言っている人間が正常な状態であるなんて俺も思いたくはない。


「それでだ、佐久間。これからどうする? 葉山さんの様子だと、お前と錆川さんはかなり敵視されてる感じだぞ」

「どれだけ悪評が立とうと、俺たちがやるべきことは変わらない。既に蜜蝋さんが襲撃者の一人、“空白”のアルジャーノンであることはわかっているんだ。彼女から姉さんについての真相を聞き出す」

「だけど、葉山さんたちはお前がその蜜蝋さんに手出しできないようにガードしてるんだろ?」

「それは学校での話だ。アキも学校を出てまで蜜蝋さんと一緒に行動してるわけじゃないだろう」

「うーん、そりゃまあ……ただ学校を出たら、蜜蝋さんがまずどこにいるかわからないんじゃないの?}

「あ……」


 よく考えたらそうだ。蜜蝋さんの学校外での行動パターンなんてわかるはずもない。当然、連絡先も知らない。

 蜜蝋さんの目的は俺の苦痛を錆川に肩代わりさせて限界を迎えさせることだ。つまり彼女は学校内では身を隠しつつ、皆を利用して俺に怪我を負わせようとしてくるだろう。かといって学校外では彼女に接触する機会なんてない。蜜蝋さんにとっては、俺との距離を取りつつ、他人を利用して俺を傷つけるのが最適の方法なんだ。

 まずいな。このまま蜜蝋さんと会うことができないならジリ貧だ。一方的にやられることになる。どうすれば……?


「なあ、ところでなんだけど、その蜜蝋さんって手芸部なんだよな?」


 悩んでいると、青田がとぼけた声で質問してきた。


「そうだが……それがどうかしたのか?」

「いやさ、この間俺、補習受けたじゃん。その時に席が隣だった子と仲良くなったんだよ」

「お前……真面目に補習受けろよ」

「うるせえ! それでその子が手芸部の部員だっていうんだけど、これって突破口にならねえかな?」

「なんだと?」

「俺がその子から蜜蝋さんの行きそうなところっていうか、行動パターンを聞き出して、お前がそこに先回りすれば、お前が蜜蝋さんに接触するチャンスもあるってことだよ」

「……!」


 確かに、学園内で敵視されつつあるのは俺と錆川だけで、青田はそうじゃない。仮に俺と青田が友人だとバレていなければ、その手芸部員から蜜蝋さんの行動パターンを聞き出すのは可能かもしれない。


「しかし、仮に青田がその子から蜜蝋さんについて聞き出せたとしても、一回しか使えない手だな」

「まあな。だからお前はその一回のチャンスで蜜蝋さんを説得するなりお姉さんのことについて聞き出すなりしなきゃならないわけだな」

「それに、お前も俺たちの仲間だと見なされてアキたちから敵視されることになる可能性がある。それでもいいのか?」

「あ? 見なされるも何も、俺とお前は友達だろ。それが皆に知れ渡ったところで何の問題があるんだよ?」

「……」


 コイツは、本当にすごいな。倉敷先輩を止めた時といい、今回といい、変なところで腹が据わっている。

 よし、やることは決まった。


「じゃあ青田、その手芸部員から情報を聞き出すの、頼めるか?」

「任せとけ。結構仲良くなった自信があるから、バッチリ聞き出してやるよ」

「わかった。これで二つ目の借りだな」

「よしよし、なんかうまいものでも奢ってくれよ!」


 そう言って、青田は俺の肩を叩いた後、部室を出て行った。


「……佐久間くん……蜜蝋さんに何をするおつもりなのですか……?」

「心配しなくても、別に俺はあの人に手を上げるつもりなんてない。向こうが俺や錆川を狙うのを諦めてくれて、姉さんについて知っていることを話してくれれば、穏便に済ませたい」


 錆川としても、俺が蜜蝋さんに危害を加えるなんて事態を望んではいないだろう。穏便に済ませたいというのも俺の本音だ。

 だがそうは言ったものの、俺は一度蜜蝋さんに重傷を負わされている。もし向こうがまたそういう手を打ってくるのであれば……


 俺も、容赦はしない。


「……ご安心ください、佐久間くん」

「え?」

「仮に蜜蝋さんが佐久間くんを傷つけたとしても……佐久間くんが蜜蝋さんを傷つけたとしても……全て私が肩代わり致しますので……」

「アンタ、それでいいのか? 俺はともかく、蜜蝋さんはアンタの友達だったんだろ? その友達が怪我を負わされるかもしれないんだぞ?」

「……蜜蝋さんも佐久間くんも、お怪我を負うことはありません……」


 そう言って、錆川は笑顔を浮かべる。


 しかしその笑顔は――


「……この学園の全ての苦痛は、私のものですから」


 いつもの弱々しいものではなく、強い悦びのようなものを感じさせた。


「そ、そうか……」

「それでは……生きていたら、また会いましょう」


 そう言って、錆川はまたフラフラと生気のない足取りで部室を出て行ったが、俺の頭にはさっきの笑顔が焼き付いていた。

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