第24話 信頼
錆川と別れて教室に入ると、クラスメイトたちの視線がどこかよそよそしく感じられた。おそらくはもう、倉敷先輩に送られたのと同じメッセージが、このクラスの生徒たちにも送られているんだろう。
もちろん、メッセージの発信源は蜜蝋さんで間違いない。彼女は既に俺を利用して錆川の命を奪うという意思を明確にしている。俺と錆川を孤立させて学園内から恨まれる状態にしておけば、仮に蜜蝋さんや彼女に味方する者が俺を襲撃して怪我を負わせたとしても、皆を言いくるめることができるからだろう。
しかし蜜蝋さんの目的が俺に怪我を負わせて錆川に『肩代わり』させることであるならば、この先は錆川とは距離を取った方がいいのだろうか? いや、ダメだ。そもそも蜜蝋さんが狙っているのは俺ではなく錆川だ。俺が錆川から離れれば、かえって錆川の命を狙いやすくなる。
こうなれば、教師に相談するか? しかし、この学園の教師がどれだけ錆川の『体質』を知っているのかもわからない。もしかしたら知った上で黙認している可能性もあるし、そうなると教師陣からすると、錆川に関わるのはタブーとなっているかもしれない。
さて、どうする……
「おい、佐久間」
考えあぐねていると、いつのまにか横に立っていた青田が俺の腕を引っぱって立ち上がらせた。
「ちょっと来い」
「な、なんだ?」
「いいから来い!」
有無を言わさずといった様子で青田に引っ張られ、人気のない階段の横に連れてこられた。
「よし、ここなら誰もいないか」
「どうしたんだよ青田……お前、それどうした?」
青田の手の甲には、何かのひっかき傷のようなものが残っていた。
「……さっき、葉山さんとケンカになったんだ」
「え? アキと?」
青田とアキがケンカになるとは思えない。というか青田はまず女子とケンカになることはない。コイツは女子に好かれるためならあらゆる話を合わせるタイプだ。
「葉山さんが、皆に触れ回ってるんだ。お前が蜜蝋さんを追い込んで、犯罪者に仕立て上げようとしていて、自分はそれを阻止したいって。佐久間が蜜蝋さんから手を引くまで、自分たちが守ってあげようって」
「まさか、アキがそんなことを言ってるのか!?」
「俺だって驚いたよ。佐久間は葉山さんと仲が良いって思ってたから、なんでこんなことになってるのか理解できなかった。でも、お前は昨日、『蜜蝋さんには何もしていない』って言った。だから俺も、葉山さんの言ってることはデタラメだって思ったんだ」
「それで、ケンカになったのか?」
「……ああ。『佐久間はそんなヤツじゃない』って言ったら、『実際に小夜子ちゃんは被害に遭ってる』って反論されて、ヒートアップした後に手をひっかかれたよ。さすがに向こうもまずいと思ったのか、それで退いてくれたけどな」
「そうか……」
まずいな。もう完全にアキは俺や錆川を敵と見なしている。そうなるとアキも蜜蝋さんに何かを吹き込まれて、襲撃者の側に回るかもしれない。これはまずい。
「なあ、佐久間。そもそもなんでこんなことになってるんだよ?」
「え?」
「蜜蝋さんって、内部進学組だろ? お前とは何のつながりもないはずだろ? なのになんでお前が蜜蝋さんをいじめてるだの追い込んでるだのって話になってるんだ?」
「……それは」
「もしかして、お姉さんのことに関わってるのか?」
「……」
どうする? 青田に全てを打ち明けるか? こいつは俺が姉さんのことを知りたくて柏原学園に入ったことを知っている。いずれはこの騒動が姉さんの死を発端としていることに気付くかもしれない。
だけど襲撃者たちのことは説明できても、錆川の『体質』についてはどう説明する? あれを青田に納得させるには、実際に見てもらうしかない。
考えていると、青田の手が俺の左肩に置かれていた。
「佐久間、これを言っていいのかわからないけどよ、もうお姉さんのことを探るのはよした方がいいんじゃないのか?」
「なんだと?」
「お前が納得してないのはわかってる。この学園に無理して入ったこともわかってる。だけどよ、俺たちまだここに入って二ヶ月程度だぞ? それなのにもうお前は何回も危ない目に遭ってるだろ? 剣道部の一件もそうだ」
「確かに危ない目に遭った。だけどそれは……」
「仕方ないって言うのか? おかしいだろ。お前は今おかしいことを言ってるぞ。お前のお姉さんは何らかの理由で自ら命を絶った。その裏に誰かの陰謀があるのかもしれないよ。だけどな、それに首を突っ込んで、お前が危ない目に遭うのはおかしいだろ」
――おかしい? なんでだ?
俺は姉さんが自殺したことを納得できない。警察や学校がなんて言おうと納得できない。そして実際に、姉さんの死には何らかの裏があることを既に知っている。それを追求することの何が……
「俺はもう、お前が危ない目に遭ってほしくないんだよ。その気持ちを裏切るのか?」
「あ……」
そうだ。青田は、今まで何度も俺の身を案じていた。倉敷先輩と揉めた時もこいつが場を収めてくれた。俺がこれ以上自分の身を顧みずに姉さんの真実を追求するということは……
青田の気持ちを、無下にすることに他ならない。
「だってそうだろ? お前はただの高校生だぞ? 警察でもなんでもない、ただの高校生だ。なのになんでお前がそんなに身をすり減らさないといけないんだ? 本来ならもっと好きなことやってもいいだろ?」
「……同じ、だな」
「え?」
「俺も錆川と同じだった」
「は? 錆川?」
倉敷先輩は錆川のことを気に入らないと言った。誰かの苦痛を肩代わりすることでしか、他人と関われないその姿勢が気に入らないと。だけどそれは俺も同じだ。俺も自分がいくら傷つこうと構わないと思っていた。どんなに傷ついても姉さんの真実を確かめたいと願っていた。だけどそれはおかしいことなんだ。
なぜならそれは、自分のことを大切に思っている人間の気持ちをも傷つけることだから。
だから俺は倉敷先輩に怒られたんだ。自分のことばかりで、周りが見えていないから。その姿勢が、錆川と同じだから。
俺も心のどこかで、周りを信頼していなかったのかもしれない。
「なあ、青田」
「お、おう。どうした?」
「お前に話したいことがある」
「え?」
これを言えば、青田もこの学園の闇に関わることとなる。それを受けて、コイツがどんな反応をするかはわからない。もしかしたら、俺との関わりを絶つかもしれない。
だけど、このままコイツに隠し通すよりは確実にマシだ。
「姉さんの死に関わっているかもしれない、襲撃者たちについてだ」
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