第15話 ミツロウ


 時は二日前に遡る。

 奥村先輩――“白刃”のアマクサとの決着がついてから一ヶ月。俺は残り二人の襲撃者について探っていた。

 なぜ一ヶ月という時間が経ったかというと、その間に中間試験があったからだ。姉さんのことを調べるのも重要だが、赤点を取って補習や追試になるのも困る。なので俺は、大人しく試験勉強に励んでいた。 一応は準備万端で臨んでいたものの、結果はあまり良くなかった。そもそもこの学園の偏差値は本来の俺の学力よりも高い。姉さんの死について探るために無理をして入ったわけなので、当然と言えば当然だ。

 しかしなんとか赤点を回避した俺は、次の試験までの期間までは襲撃者捜しに集中できるようになった。ちなみに青田は英語と世界史で赤点を取り、補習を喰らう羽目になったそうだ。


 ともかく、俺がまず訪ねたのは、当然ながら奥村先輩の自宅だった。襲撃者の一人である奥村先輩なら、残り二人について知っている可能性はあった。

 しかし何度訪ねても、奥村先輩の家族に遮られ、本人から碌に話は聞けなかった。奥村先輩の精神的なダメージは深刻で、壁を殴ったり、突然大声を上げているとのことで、更には俺や姉さん、錆川の名前を口走っているらしく、母親らしき人から息子をよくもこんな目に遭わせたなと罵られることもあった。

 だから俺は、先輩から話を聞くのは諦めた。話を聞ける状態ではなかったというのもあったが、そもそも先輩は残り二人について知らない可能性が出てきたのだ。

 俺はもう一度姉さんの小説を思い返した。“白刃”のアマクサは、魔王を強く憎んではいたものの、三人の中ではリーダー格ではなかった。おそらくは奥村先輩も、他の襲撃者に錆川への憎しみを利用されていた可能性があった。なぜなら奥村先輩は、姉さんが死んだことで錆川を憎んでいたのだ。そうなると彼は、姉さんの死の真相を知らないと見ていいだろう。

 そうなると、残り二人の襲撃者、“空白”のアルジャーノンと“潔白”のバルマー。未だ正体不明の彼らこそが、姉さんの死に関わっている可能性は高くなる。


 つまり、本命との戦いはこれからなのだ。


 そして俺が次に訪ねたのは、一年A組だった。


「なんだよ佐久間、また錆川に会いに来たのか?」


 相変わらず突っかかった言い方をしてくる岸本に不快感を覚えながらも、俺は目的を忘れない。


「いや、今日はお前に用がある」

「ああ? なんで俺に?」

「お前が錆川の交友関係をある程度知っていると思ったからだ」

「はあ?」


 俺が岸本を訪ねたのには、当然理由がある。

 俺は残り二人の襲撃者の正体を探るにあたって、次は“空白”のアルジャーノンと名乗る人物を探し出すことにした。“潔白”のバルマーの方は三人の中のリーダー格であるものの、魔王である錆川との関係性が薄く、小説の描写から実在の人物に繋がる情報を見つけ出すのが困難だった。

 対してアルジャーノンの方は、魔王である錆川のかつての親友である女という情報があった。つまりアルジャーノンは、錆川の友人をモデルに作られたキャラだと考えられる。そうなるとその正体を掴むには、錆川の交友関係をよく知る人物に接触するのが有効だと考えたのだ。だから俺は岸本を訪ねた。


「それで、俺が聞きたいのは錆川と仲がいい女子が誰かということだ。お前なら何か知ってると思ってな」

「知らないし、知ってたとしても俺がお前にそれを教える義理はねえな」

「本当か?」

「しつこいなお前も。知らねえもんは知らねえよ」

「だったら他のヤツに聞くまでだ」

「それも無駄だと思うぜ。いい機会だ、俺が聞いてやるよ」


 そう言うと、岸本はA組の生徒たちに向かって呼びかけた。


「おい! この中で錆川と仲がいいってヤツはいるかあ!?」


 大きな声で教室中に聞こえるように呼びかけるが、その問いかけに反応する人間はいなかった。教室の隅にいた錆川はそれを見て、わずかに顔を伏せていた。


「ご覧の通りだ。錆川と仲のいいヤツなんていねえよ。少なくともこのクラスにはな」

「……わかったよ」


 わざわざ俺にこんな光景を見せつけたということは、本当に錆川と仲がいい人間がいないと確信している故の行動なのだろう。それだったらこれ以上岸本に聞くのは無駄だ。そう思って俺はA組を後にした。


「さて、どうするか……」


 廊下を歩きながら、この先の行動について考える。岸本から情報を聞き出せないとなると、あとは錆川本人に聞くしかないが、そもそも錆川は自分が殺されるべき存在だと言っているのだ。錆川の殺害を止めようとしている俺に情報を提供しようとは思わないだろう。

 そうなると、あとは内部進学組でA組以外の生徒に手当たり次第に話を聞くしかないのだろうか。そう考えていた時だった。


「なんだあ? 騎士ナイトくんは随分とシケた面してるじゃないですかあ?」


 この、相手を小馬鹿にしたような口調は……


「倉敷先輩……何か用ですか?」

「オーイ、オイ。随分と機嫌が悪いじゃねえか騎士ナイトくん。だけどよ、先輩に対してそれでいいのかい?」

「俺は剣道部員じゃない。アンタの指導を受けているわけでもないからな」

「そうかい。だけどよ、オレがお前に話しかけてる理由は、その剣道部についてなんだよなあ」

「剣道部について?」


 そういえば、あれから剣道部はどうなったのだろう。


「実は昨日、剣道部の活動停止処分が正式に決まっちまった」

「……は?」


 剣道部が、活動停止?


「な、なんで、そんなことに?」

「奥村さんがよぉ、オレや白髪姫の襲撃について教師に白状したのさぁ。白状っていうかやっこさんが白髪姫に怯えたついでに、勝手に叫びだしたらしいんだがなあ」

「じゃあ、それが原因で?」

「そういうこった。武智さんは内々で処理したかったらしいんだがなあ、裕子先輩のこともあるから、これ以上学校の風紀を乱すのはまずいってことで、奥村さん共々見せしめになったってことだ」

「そう……なのか」

「んで、オレはしばらくヒマになったってこった。だからよ、騎士ナイトくん。お前の人捜しに協力してやろうって思ってな」

「え?」


 倉敷先輩が、俺に協力? この自由人が?


「なんで、アンタが俺に協力してくれるんだ? 俺は錆川を助けようとしているんだぞ?」

「確かにオレとしちゃあ、白髪姫にいなくなってもらった方がいいけどよ。別にオレはあいつに死んでほしいわけじゃねえ。それにそれ以上に腹立たしいヤツらがいるからな」

「それって……」

騎士ナイトくんが探しているヤツらだよ」


 ここまで言われて、俺はようやく倉敷先輩の目的が見えてきた。


「過程はどうあれ、結果的には奥村先輩を含めたその三人が、オレたちの剣道部を活動停止に追い込んだようなもんだ。そんなヤツらが何のお咎めもなしにこの学園の中で過ごしてるってのは、腹立たしいだろ?」


 そう言えば、この人はなんだかんだで剣道に対して真剣だった。そんな人が剣道部という活動の場を潰されたら、その怒りはかなり大きいのかもしれない。


「倉敷先輩。じゃあ本当に俺に協力してくれるんだな?」

「やられる前にやれってのがオレのモットーだって言っただろ? このままやられっぱなしでいられるほど、人間が出来てるわけでもねえ。オレの目的はあくまで剣道部を活動停止させたヤツらに思い知らせるってことだ。騎士ナイトくんの目的に重なる限りは、協力してやるよ」


 ……やはりこの人、そんなに悪い人じゃないのかもしれないな。


「で、ここからが本題だ。お前、見たところ襲撃者捜しに行き詰まってるな?」

「そうだな。錆川の交友関係からアルジャーノンと名乗る女を見つけたいんだが、まだ見当がついていない」

「白髪姫と仲のいい女ねえ……」


 倉敷先輩は、何かを思いついたように、ぼそりと呟いた。


「……ミツロウ」

「は?」

「たぶん、去年まで白髪姫とよく一緒にいた女子の名前が、そんな名前だったはずだ」

「それは確かか?」

「確かとは言えねえな。そいつは剣道部に来てたわけでもねえし、白髪姫と一緒にいた時にそんな感じの名前を呼んでいたって記憶があるだけだ」

「見た目の特徴とかはわかるか?」

「特徴ねえ……眼鏡をかけた随分と地味で暗い女だと思ったな」

「地味で暗い女……」


 内部進学組にそんな女子がいただろうか。まあ内部進学組はA組だけじゃなく、B組やC組もそうだ。そこに『ミツロウ』という女子がいるのかもしれない。


「わかった、情報ありがとう」

「ま、オレもちょっとその女について調べておいてやるよ。どうせヒマだからな」

「頼む」


 とりあえず、手がかりは得た。倉敷先輩がどこまで信用できるかはわからないが、一人で活動するよりはマシだ。

 授業が始まるチャイムが鳴り始めたので、俺は教室に戻ることにした。



 放課後。


「あれ、佐久間くん今日は錆川さんのところに行かないの? 試験終わったのに」


 久しぶりにアキが俺に絡んできた。どうやらまだ俺が錆川を好きだと誤解しているようだ。


「別に俺は錆川のストーカーなわけではないからな」

「うんうん、そうだよね。佐久間くんは錆川さんの王子様だもんね」


 ……倉敷先輩には騎士ナイトくんと呼ばれ、アキには王子様と呼ばれるのか。

 そうだ、ダメ元でミツロウについて聞いてみるか。


「アキ、話は変わるが、『ミツロウ』って女子が内部進学組にいるか知ってるか?」

「え?」


 きょとんとした顔になってしまった。まあそんな都合良く知っているわけもないか……


「それって、小夜子ちゃんのこと?」

「……知ってるのか!?」

「う、うん。私、手芸部なんだけど、そこの部長やってるのが、蜜蝋みつろう小夜子さよこちゃんだよ」

「……その蜜蝋さんって人の写真とかあるか?」

「え? あ、そういえばこの間一緒に写真撮ったよ。ほらこれ」


 そう言ってアキは、携帯電話の画面を見せてくる。


「ほら、私の横にいるのが小夜子ちゃんだよ」

「……こいつが?」


 アキの隣に写っていたのは、眼鏡をかけているわけでもなく、髪を明るく染めてきっちりとメイクをした、上品そうな女子だった。

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