第14話 手芸部
……どうしてこうなった?
俺は今、『手芸部』の部室に来ている。しかし俺は特にアクセサリーを作る趣味はないし、別に手先が器用というわけでもない。
だというのに、今の俺は複数の女子に囲まれながら、必死に針に糸を通そうとしている。
「佐久間くん、無理しないで糸通し使えばいいのに」
「ちょ、ちょっと黙っててくれ。もう少しで通りそうだ……」
「君って案外、負けず嫌いなんだね……」
俺の横でアキが呆れたように呟く。それがなんだか、ものすごく悔しい。というか俺の不器用さが悔しい。
「佐久間くん……私が通しましょうか……?」
「だ、大丈夫だ、錆川。というよりアンタは、自分の作品作りに集中してくれ」
「わかりました……」
その錆川の前には、既にフェルトで出来た小物入れが出来上がっていた。かわいらしいクマのアップリケまで付いている。俺が糸通しに苦戦している間に、錆川は一つ小物入れを作ってしまっていたのだ。まさかここまで手先の器用さに差があるとは思わなかった。
「ご無理をなさらないでください、佐久間くん。初めは皆さん、そんなものだと思いますわ」
そんな俺に声をかけてきたのは、この手芸部の部長だった。部長と言っても、俺たちと同じ一年生である。
「上手く糸を通せないのは仕方ないと思いますの。ですが、そんな時のための糸通しなのですから、それに頼ることは恥でもなんでもありませんわ」
そう言って、部長は俺から糸と針を受け取ると、用具入れから糸通しを取りだし、糸通しの針金の部分を使って慣れた手つきで針に糸を通してしまう。
「はい、これで通りましたわ」
「……ありがとうございます」
「お気になさらないでくださいまし、
そして部長は糸の通った針を俺に渡すと、今度は錆川に声をかける。
「錆川さんも、お久しぶりですね。高等部に入ってからは初めてお会いするのではありませんか?」
「……はい。お久しぶりです……」
錆川は部長に声をかけられながらも、どこか気まずそうな表情をしていた。……俺が聞いた情報が確かなら、錆川のこの反応もうなずける。
「ね、
「ええ、葉山さんの言う通りでしたね」
「そうそう、それでね小夜子ちゃん。佐久間くんと錆川さんなんだけど……」
アキは部長に対して、何かを耳打ちしている。それを聞いた部長は顔を赤くしてこっちを見てくるが、内緒話の内容は大体予想が付く。
「そういうことだから、小夜子ちゃんも協力してあげてね」
「は、はい、わかりました」
そう言いながら、アキはこちらを見てにんまりと笑う。どうやらアキはまだ俺と錆川をくっつけようとしているらしい。全く、物好きな人だ。
だが俺としてはそんなことはどうでもいい。俺が手芸部に来た理由は、この手芸部の部長にある。
「ところで……部長、ひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「アンタ、佐久間裕子と……俺の姉さんとは親しかったのか?」
その発言を受けた部長は、ぐっと口を閉じて目を逸らす。この反応、どうやら知らないわけではなさそうだ。
「え、佐久間くんってお姉さんいたの?」
「ちょっとアキは黙っててくれ。それで、どうなんだ? 姉さんと会ったことはあるのか?」
部長は口を閉じたまま黙っていたが、その少し後に俺の質問に答えた。
「……確かに、
「そうなのか。じゃあもう一つ聞く。姉さんの書いた小説を読んだことはあるか?」
「小説……ですか? すみません、そこまでは……」
……そこについては否定したか。まあいい、こんなに直球に聞いて、素直に話すとも思えない。
「わかった、変なこと聞いて悪かったな、部長」
「いえ……ですが佐久間くんは、なぜお姉さんのことを
「アンタが、姉さんの死に関わっていないか確認するためだ」
その言葉に、部長や錆川、そしてアキが動揺する。その中でもアキの行動は早かった。
「ちょ、ちょっと佐久間くん何言ってるの!? それじゃまるで小夜子ちゃんが君のお姉さんを追い詰めたみたいじゃん!」
「俺はそうではないかと疑っている」
「そんなのいくらなんでもひどいよ! 小夜子ちゃんに謝ってよ!」
……確かに俺の発言は、ひどいと言われても仕方のないものではある。だが俺は、姉さんがもし殺されたというのなら、その犯人に情けをかける気はない。
「葉山さん、いいんですの。佐久間くんの発言は仕方のないものですわ」
「さ、小夜子ちゃん?」
「ですが佐久間くん。
「……」
情に訴えかけて、俺の言葉を取り消させようとしているのかもしれない。しかしここで意地を張って、この女の正体を掴めない事態になるのはまずい。ここは引き下がっておくか。
「わかった。今の言葉は取り消す。悪かったよ」
「わかってくださって何よりです。佐久間くん、
表面上は引き下がったものの、俺はまだこの女を全面的に信用したわけではない。今のところ、最大の容疑者はこの女なのだ。
手芸部部長・
彼女こそが――襲撃者の一人、“空白”のアルジャーノンであると、俺は疑っている。
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