第13話 危ういバランス
「それで、奥村先輩は昨日も剣道部に来てないのか?」
「ああ、武智さんの話じゃ、学校にも来てないらしい。この感じじゃ当分復帰は無理だな」
奥村先輩が逃亡してから一週間。俺は学校で倉敷先輩に彼の様子を聞いたが、どうやら最近は部活どころか学校にも来ていないようだ。
いや、来ていたところで、あの怯えた様子では姉さんのことや残り二人の襲撃者のことを聞き出すのも難しいだろう。つまり、“白刃”のアマクサとの戦いはこれで終わったということだ。
「んで? 白髪姫の方はどうなんだ?」
「そっちも学校には来ていないな。おそらく、何回も『肩代わり』したことで疲弊しているんだろう」
錆川の方も、あれから学校に来ていない。教師によると、親御さんから連絡が来て、家にはいることは確認が取れているようだ。
「んじゃあ、
「いや、そうでもないかもしれない」
「なに?」
確かにアマクサが奥村先輩だとわかっても、姉さんの死については何も手がかりが得られなかった。だが代わりに俺は、ひとつ不可解なことに気づいたのだ。
「“白刃”のアマクサ……つまり奥村先輩をモデルにしているキャラは、魔王を強く恨んでいたっていう設定だった」
「それがどうしたって? 確かに奥村さんは白髪姫を恨んでいた。そこに間違いはねえだろう」
「いや、問題は奥村先輩が錆川を恨んでいた『理由』だ」
「あ?」
奥村先輩は、錆川が姉さんの怪我を『肩代わり』しなかったこと……つまり姉さんを助けなかったという理由で、錆川を恨んでいた。
だがそうなると――
「襲撃者たちは、姉さんの書いた小説のキャラのモデルになった人間たちだと思っていた。今までの考えだと、姉さんは奥村先輩をモデルに“白刃”のアマクサというキャラを作ったということになる」
「そこに間違いがあるってえのかい?」
「ああ。なぜなら、奥村先輩が錆川を恨むようになったのは、姉さんが死んだ後だからだ」
「あ……!」
そう、そこに矛盾が発生する。
もし姉さんが奥村先輩をモデルにアマクサというキャラを作ったのであれば、奥村先輩が錆川を恨んでいると知っていたことになる。だがそれは有り得ない。姉さんの死をきっかけに奥村先輩は錆川を恨むようになったのだから。
「すると、裕子先輩がアマクサのモデルにした人間は別にいる可能性があるのかい?」
「それはわからない。刀を使うという点で、剣道部員である奥村先輩とアマクサは一致するし、奥村先輩が姉さんと親しかったのは間違いないようだからな」
「……なるほどな」
そこまで言うと、倉敷先輩は少し考え込んだ後に立ち上がる。
「まあ、
「倉敷先輩の目的は果たされたってことか?」
「一応はな。だけど
倉敷先輩は、真剣な表情で俺に顔を近づける。
「あの白髪姫……錆川紗雨は、
「……そう、だろうな」
俺も、倉敷先輩も、あの時錆川の異常性を認識した。
錆川は他人の怪我や苦痛を『肩代わり』することに一種の使命感を覚えている。そして、そうしなければ、自分に価値がないと思っている。
だから錆川は、何度も何度も奥村先輩の怪我を『肩代わり』することで、自分の存在価値を保とうとした。例えそうすることで、自分や奥村先輩が何度も苦痛を背負うことになっても。
錆川紗雨は確かに、もう少しで死んでしまうかもしれないほどに、危ういのだ。
「それじゃ、
「……また、会うかも、か」
「白髪姫じゃねえが、お前も死なねえように気をつけろよ?」
「……善処する」
倉敷先輩はそう言って剣道場に向かっていったが、俺はまた考え込んでいた。
錆川紗雨。あいつのことはまだわからない。どうしてそこまで他人の苦痛を『肩代わり』したがるのか。どうしてそこまで自分を犠牲にしたがるのか。
だけどひとつだけ確信している。姉さんは錆川を助けようとして、命を落とした。そして錆川はそのことをどうしようもなく悔やんでいる。
錆川は、姉さんの死を悲しめる人間である。それだけは確信できる。
だからまだ、俺はあいつを怪物だとは思わない。奥村先輩のように、錆川に恐怖は抱かない。
もし錆川が再び学校に来たら、それを喜んで迎えてやろう。
……そしてアマクサとの戦いが終結してから一ヶ月後。
事態は再び動き出す。
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