第12話 何度でも
話は数時間前、俺と倉敷先輩が教室でアマクサの正体が武智先輩ではないかと推測したところまでさかのぼる。
「あの時、倉敷先輩を呼び出したのは、武智主将……つまり彼こそが」
「その“白刃”のアマクサってヤツだってことになるのかい?」
「……そうなりますね」
そうは言いながらも、俺はどこか違和感を抱いていた。仮に武智主将が倉敷先輩を襲撃したなら、自分の名前で呼び出すようなマネをするだろうか。そんなことをすれば、真っ先に疑われてしまう。
「あの、くら……」
俺が倉敷先輩に声をかけようとした時、先輩は携帯電話の画面を見せてきた。メモ帳のアプリが起動してあり、そこにはこう書かれていた。
『廊下から誰かがオレたちを見ている』
その文言を見た俺は、すぐに倉敷先輩の意図を察した。つまり廊下で俺たちの様子を盗み見ている誰かに気づかれないように会話を続けろということだろう。後ろを振り返ってその誰かが何者なのかを確かめたいが、今から行ったところで逃げられるのがオチだ。
そう考えていると、倉敷先輩は再び携帯電話を操作して、廊下からは見えないように俺に画面を見せる。
『とりあえずこの教室を出るそぶりをして、廊下の野郎を追っ払うぞ』
それを見た俺は微かに首を縦に振って、了解の意志を伝える。
「それじゃあ倉敷先輩、明日にでも武智先輩に話を聞きに行きます」
「いや、今なら武智さんは剣道場にいるだろう。
俺と先輩はそう言いながら椅子から立ち上がり、教室の入り口に向かった。入り口から廊下を見渡してみても、もうそこには人影はなかった。
「……先輩、廊下には誰もいないようだぞ」
「まあそうだろうよ、オレたちが教室を出るとなったら、野郎はここを離れるしかねえだろうからな」
「顔は見えなかったのか?」
「残念ながらな。だが、おかげで予測はついたぜ」
「え?」
今ので倉敷先輩には廊下の人物の予測がついたというのか。
「今の野郎が、
「誤解って……アマクサは武智主将じゃないってことか?」
「今の野郎が武智さんではあり得ねえ。武智さんはいつも一番に剣道場に来て、部員たちに声をかけるからな。今の時間なら剣道場にいるだろうよ」
「だ、だけど、剣道場に行くのを後回しにして俺たちを見張っている可能性もあるだろう」
「確かにそうだが、たった今確認が取れた」
「確認?」
「さっき
「いつの間に……」
この倉敷作彌という人物は、俺が思うよりずっと頭が切れるのかもしれない。
「じゃあ、武智主将は容疑者から外れたということか」
「そうなると……現状最も怪しいのは……」
「剣道部の中で、錆川と近いもう一人の人物……」
それは……
「奥村春江」
そして俺たちは奥村先輩がアマクサかどうかを探るため、一芝居打つことにした。まず倉敷先輩が制服を汚した状態で部室棟の階段に倒れ込み、俺が剣道場に飛び込み武智主将と奥村先輩を部室棟まで誘導するという形だ。錆川まで剣道場にいたのは計算外だったが。
とにかく俺たちは、部室棟に倒れている倉敷先輩を見て、二人がどのような反応をするかでアマクサを見極めようとした。そして結果は……
「奥村先輩……あなたが襲撃者・“白刃”のアマクサだ」
俺の指摘に対して、奥村先輩は何も言わない。まあそうだろう。これだけで襲撃者だと断定するには、証拠が弱すぎる。
だけど俺は探偵でも警察でもない。奥村先輩がアマクサであるという確信さえ得られればいい。
それだけで、姉さんの死の真相には近づけるのだ。あとの手段は選ばない。
「……よく気づいたね」
しかし意外にも、奥村先輩が自分がアマクサだとあっさり認めた。
「奥村さん……アンタが昼間オレを襲ってきた野郎だって認めるってことですかい?」
「さあねえ、それは知らないよ。そもそも倉敷、お前が昼間襲われたって証拠はあるのか?」
「あ?」
「お、おい、お前ら何の話をしているんだ? 倉敷が襲われたってどういうことだ?」
武智主将はまだ話について行けていないようだ。やはりこの人は襲撃者ではなかったということか。
「オレは昼間、ヘルメットを被った何者かに襲われたんですよ。それが奥村さんじゃないかって話をしてるんです」
「……そうなのか、奥村?」
「知らないよ。というより、倉敷が襲われたというのがそもそも事実なのかな? 誰かそれを証明する証人がいるの?」
「……!」
そう、そこが問題だ。倉敷先輩の怪我は既に錆川が『肩代わり』している。更に俺も先輩が襲われた場面は見ていない。つまり昼休みに倉敷先輩が襲われたという事件そのものを証明することが難しいのだ。
「証人なんていねえなあ」
しかし、そんなことが関係ないのは倉敷先輩も同じだった。
「奥村さん、やられる前にやれっていうオレのモットー知ってるよなあ? アンタが昼間の野郎だとしたら、少々痛い目見てもらいましょうかあ」
「おいおい倉敷、随分物騒なこと言うじゃないか。停学になってもいいのか?」
「ま、待てお前ら!」
一触即発になった二人を、武智主将が止める。
「なんだかよくわからないが、頭冷やせ! 剣道部員同士でケンカなんてなったら、俺たちは活動停止になるぞ!」
「だったら武智さぁん、奥村さんに釘刺してもらえませんかねぇ? 俺は昼間、奥村さんに階段から突き落とされてますからねぇ」
「だからさ、それを証明できるのか? 倉敷は怪我なんてしていない。それとも何か? 錆川さんに『肩代わり』してもらったのか?」
奥村先輩が錆川の名前を出した瞬間、倉敷先輩の顔が曇る。
「倉敷は錆川さんが剣道部に出入りするのを嫌っていたよね? それなのに自分の怪我は『肩代わり』してもらったとか言わないよね? いくらなんでもそれは虫が良すぎるもんな」
「奥村! それ以上倉敷を挑発するな!」
「奥村さぁん、ケンカ売ってんなら買いますよ。昼間の続きしましょうや!」
「お待ち下さい……」
だがこの状況で、場違いな程に落ち着いた錆川の声が響いた。
その声に、俺も倉敷先輩も、武智主将も奥村先輩も一斉に錆川を見る。
「……倉敷先輩が、昼休みにお怪我をしたことを証明すればよろしいのですね?」
「あ?」
錆川は自分の携帯電話を取り出し、何かの画像を見せてくる。
「ご覧下さい……」
「これは……!」
そこには、昼間の部室棟で血を流して倒れている倉敷先輩の姿が映っていた。
「白髪姫、テメエこんないつの間にこんな写真を!?」
「……『肩代わり』をする時は……なるべく撮っておくようにしているのです……誰の『肩代わり』をしたのか、忘れることのないように……」
「忘れることのないように?」
「……私は、皆様の苦痛を『肩代わり』することが喜びですので……」
弱々しく笑う錆川だが、こいつの携帯電話には怪我をした人間の画像が大量に保存されているのだろうか。
「とにかく、これで倉敷先輩が怪我をしたというのは証明されたな」
「それがなんだい? 証明されたのは倉敷が怪我を錆川さんに『肩代わり』してもらったということだけだろう? 僕が倉敷を襲撃したことにはならない」
「いや、残念ながらそうはいかないな、奥村先輩」
「なに?」
俺はもう、奥村先輩の言葉には誤魔化されない。
「アンタはさっき、自分がアマクサだと認め、更に倉敷先輩が何者かに襲撃されたのを知っていた。そこまで状況証拠が揃えば、俺はもうアンタから何としても話を聞かなければならない」
「だから言ってるだろ。僕が倉敷を襲撃したって決定的な証拠はあるのかい?」
「そんなのは関係ない」
俺は奥村先輩に掴みかかる。
「アンタが姉さんの死に関わっている一人だとしたら……俺はアンタを許さない」
「おい佐久間! お前まで……!」
「許さない? だったらどうするの? 僕を拷問でもするか?」
「そんなことはしないさ、アンタが姉さんを殺したことをなんとしても証明する」
だがその時、奥村先輩の顔がこわばった。
「僕が……裕子を殺した?」
先ほどまでの柔和な顔から一転し、怒りに満ちた形相になっていくのを見て、俺も思わず手を離してしまう。
なんだ? 奥村先輩がアマクサなのは自身も認めたはずだ。姉さんの死に関わっている三人のうちの一人じゃないのか?
「あの、おく……」
「裕子を殺したのは、そこのクソの役にも立たねえ、白髪頭だろうが!!」
「……!?」
奥村先輩は、いきなりそう叫ぶと錆川に掴みかかった。
「おい奥村! 何して……」
「武智! てめえもてめえだ! なんで裕子のケガを『肩代わり』しなかったこいつに何も思わねえのか!!」
「な、何言ってるんだよ。佐久間さんは自殺したんだろ? 仕方ないだろそんなの……」
「仕方ないだあ!? 他人の怪我を『肩代わり』できねえこいつに何の価値がある!? 何の価値もねえよなあ!? だからこいつは死んで罪を償うべきだろうが! 裕子を殺した罪を償わせるべきだろうが! ああ!?」
奥村先輩は錆川に尚も罵声を浴びせ続ける。
まさか……先輩が錆川を狙った理由はこれか? 姉さんの怪我を『肩代わり』しなかったことを恨んでいるのか?
だとしたら、あまりにもそれは身勝手だ。姉さんが転落したその場に都合よく錆川が居合わせるなんてことはできないし、そもそも『肩代わり』するということは、錆川が姉さんが死ぬほどの苦痛を引き受けるということだ。
だけど奥村先輩はそれをしなかった錆川を恨んでいる。『お前が苦しい思いをしなかったから、佐久間裕子が死んだのだ』と叫んでいる。
それを見て、俺は恐怖を抱いた。もし俺が以前から錆川の『体質』を知っていたら、これと同じ言葉を吐かなかっただろうか。錆川さえ苦しめば、姉さんは死なずに済んだとは思わなかっただろうか。
そう、錆川の『体質』は、これほどまでに人を腐らすのだ。
「そうだよ、お前が死ぬべきだったんだよ錆川紗雨……お前が! 裕子の怪我を『肩代わり』していればこんなことには……!」
だが、奥村先輩に掴みかかられている錆川は突如とした涙を流した。
「ごめんなさい……」
そして弱々しく、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、ごめんなさい。そうですよね……私が、裕子先輩のお怪我を『肩代わり』していれば、あんなことにはなりませんでしたよね……」
「錆川! こんな言葉に耳を貸すな!」
「いえ……私が悪いのです……私が、全ての原因なのです……」
「よくわかってるじゃないか。そうだよ、お前が全て悪いんだ! 早く死ねよ、お前よお!」
「……そういうわけにはいかないのです。私はまだ、皆様の苦痛を引き受けなければなりません」
「はっ! 殊勝な言葉を言っておきながら、結局お前も死にたくねえだけか!」
「私は……私ができることは……」
錆川は泣きながら奥村先輩の腕に触れる。そしてその手に力を少し込めると、急に異変が起こった。
「が、ああああああああっ!?」
奥村先輩に、異変が起こった。
「あ、足が、足があああああっ!?」
奥村先輩は突如として地面に倒れこむと、左足のくるぶしの辺りを押さえて苦しみ出している。
「な、なんだ? なにが起こっている?」
「白髪姫、テメエなにしやがった!?」
錆川はみんなの問いに答えるように、弱々しく微笑んだ。
「奥村先輩のお怪我を……お返ししました」
「は?」
奥村先輩の怪我? まさか、去年の夏に『肩代わり』したという、足の怪我か?
いや、『お返しした』ってまさか、錆川は……
「お前、『肩代わり』した怪我を元に戻すことができるのか?」
「……はい」
「なんだって……!?」
だけどそうでないと、奥村先輩のこの状態は説明がつかない。先輩は確かに、怪我を元に戻されたんだ。
「ですが大丈夫です……元に戻したお怪我も……『肩代わり』できますので……」
「え……?」
錆川は再び奥村先輩に触れると、今度は錆川自身が苦しみ出す。
「……っ!」
「お、お前ぇ……なんのつもりだ!」
奥村先輩は怪我を『肩代わり』してもらったおかげか、ゆっくりと立ち上がる。
しかしなぜか先輩はまだ、痛みを引きずっているようにも見えた。『肩代わり』された人間は、その怪我の痛みを忘れるんじゃなかったのか?
「大丈夫です……奥村先輩……私が……何度でも『肩代わり』致します……」
「え……が、あああああっ!」
そしてまた、奥村先輩が苦しみだした。
「おい錆川! なにやってるんだ!」
「大丈夫です……私は……『肩代わり』するのが役目なのです……そうしなければ、存在する価値がないのです……」
錆川はまるでこちらの声が聞こえてないかのように、ブツブツと言葉を繰り出していく。
「大丈夫です……大丈夫です……私は何度でも『肩代わり』します……」
そして錆川は何度も何度も、怪我を元に戻し、その後に『肩代わり』するという行動を繰り返した。
その度に奥村先輩は苦しみ、呻き、同時に錆川を苦しむ。
しかしそれでも、錆川は『肩代わり』をやめなかった。
「大丈夫です……私は……『肩代わり』しないと生きていてはいけないのです……だから何度でも『肩代わり』しますから……みなさんのお役に立てますから……」
そして錆川は何度目かの『肩代わり』を繰り返すと、額全体に汗を浮かべて、こう言った。
「だから……死ぬまで私に『肩代わり』をさせてください……」
その言葉は、内容に反して、まるで命乞いをしているようだった。
「や、やめてくれええええ!」
苦痛に耐えかねたのか、奥村先輩は叫びだす。何度も怪我を返されたせいで、痛みの記憶が頭に焼き付いてしまったのかもしれない。
「錆川! もうやめろ!」
俺は錆川の手を掴み、『肩代わり』を制止させる。錆川自身も、そうとう疲弊しているようで、俺に手を掴まれると地面に倒れ込んだ。
「……ごめんなさい、奥村先輩……裕子先輩が亡くなったのは、私のせいです……」
「う、わあああああああ……」
奥村先輩の目は既に、錆川への恐怖に染まっている。当然だろう。錆川はその気になれば、いつでも彼の苦痛を呼び起こせるのだ。
「ですが大丈夫です……私が……あなたの苦痛を『肩代わり』致しますから……何度だって、『肩代わり』致しますから……」
「く、来るな、もう、勘弁してくれ……」
奥村先輩は座ったまま後ろに下がるが、錆川は彼に微笑みかける。
「ですから……生きていたら、『また』会いましょう」
「あ、ああああ……ああああああっ!!」
その言葉で奥村先輩は耐えられなくなったのか、恐怖に顔を引きつらせながら走り去って逃げていった。
そして……この時点で、俺たちと一人目の襲撃者・“白刃”のアマクサとの決着がついた。
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