第11話 失言
さて、決意も固まったところで、もう一度僕のやるべきことを整理しておこう。
バルマーから渡されたプランはこうだ。『錆川紗雨に多くの怪我を『肩代わり』させて、限界を迎えさせる』。錆川は他人から『肩代わり』した怪我は瞬時に治せるが、自分が負った怪我を瞬時に治せるわけではない。直接危害を加えてしまえば、僕が傷害罪で捕まってしまう。
だがもし、錆川が他人の怪我や苦痛を『肩代わり』し続けたことで、精神の限界を迎えれば? そうなれば錆川は勝手に精神崩壊するか、苦痛から逃れるために自殺を決意するかのどちらかだろう。要するに僕が錆川を死に追いやったという事実は残らず、僕が警察に捕まることなく復讐は完遂する。
今日の昼休み、錆川は倉敷の怪我を『肩代わり』していた。その様子は隠れて見ていたが、錆川は苦痛をまだ引きずっている様子だった。あのままあと何人かの苦痛を『肩代わり』すれば、限界は訪れるだろう。
そうなれば僕がすべきことは、錆川にあと何人かの苦痛を『肩代わり』させるために、周囲の人物を襲撃することだろう。錆川は近くで重傷を負った人間がいれば、その傷を『肩代わり』せざるを得ない。そういう人間だと聞いているし、僕もそう思っている。
錆川紗雨は、他人の苦痛を『肩代わり』せずには生きてはいられない。
だがそれを繰り返していけば、そう遠くない未来に錆川は限界を迎える。つまりどちらにしろ、彼女の死は近いのだ。
今頃、倉敷と佐久間は武智に迫っていることだろう。そうなると武智に容疑を向けたまま僕が事を成すには、今行動を起こすのは得策ではない。大人しく剣道部の練習に参加しておこう。
そう考えて、僕は道着を持って剣道場に向かうことにした。
「お疲れ様です!」
「うん、お疲れ様」
仮入部の新入生たちが元気よく挨拶してくれる。今年の新入生も期待できそうだ。まあ、倉敷のように実力がありすぎるのはごめんだが。
「来たか奥村、ちょっと遅かったな」
武智が僕に声をかけてくる。見たところ、特に様子の変化は見られない。
「ごめんごめん、ちょっと寄り道してた」
「時間に間に合ったわけだから構わないが……お前、倉敷を見なかったか?」
「え?」
倉敷はまだ来ていないのか? 周りを見渡してみても、確かにその姿はない。それに佐久間も来ていないようだ。既に武智を問い詰めているものだと思っていたが……
「いや? 僕は見てないよ」
「そうか。全くあの野郎、本当に錆川がいる限り練習に来ないつもりか?」
「いやいや、錆川さんはしばらく来ないんでしょ? そのこと倉敷に伝えておけば来るでしょ」
「いや、それなんだが……」
「お疲れ様です……奥村先輩……」
僕に声をかけてきたのは、錆川紗雨その人だった。初めて出会った時はまだ白髪が多い程度だったが、今ではその髪の色がすべて白で染まってしまっている。
「錆川さん……どうしてここに?」
「……私は、皆さんのお怪我を『肩代わり』する役目がありますから……」
「いや、倉敷が来たらまずいよ?」
「その時は……倉敷先輩のお怒りをその身に受けるだけです……」
全く、本当にこの女は他人の苦痛を引き受けたがる。理由は知らないが、『他人の苦痛を引き受けられなければ、自分は生きる価値がない』と考えているようだ。
だけど僕もその通りだと思っている。裕子の傷を『肩代わり』しなかったお前に生きる価値などない。さっさと死んでしまえばいいのだ。 しかしそんな態度を表に出すのもまずいので、表向きは心配するフリをしていなければならない。
「じゃあ、とりあえず手伝いはしてもらうけどさ、倉敷が来たらすぐに帰るんだよ?」
「わかりました……」
「よし、それじゃあ練習始めるぞ!」
武智の号令で練習が始まる。倉敷たちはまだ来ていない。どういうつもりなんだ?
「さて、今日の練習はこれで終了する。礼!」
「ありがとうございました!」
ついに練習が終わるまで倉敷は来なかった。
部員たちを解散させた後、武智は苦い顔で僕に声をかけてくる。
「どうして奥村? 今日はなんか集中してなかったな」
「ごめん、ちょっと考え事してて……」
「悩みがあるのは仕方がないが、三年のお前が集中してないと後輩も気が緩むからな。しっかりしてくれよ」
武智の苦言を聞きながらも、僕はまだ倉敷の動きを気にかけていた。あれほど武智を疑っておきながら、今日は来ないつもりなのだろうか。そう思っていた時だった。
「武智主将!」
焦った様子の佐久間が、剣道場に飛び込んできた。
「佐久間か。なんだそんなに慌てて?」
「すぐ来て下さい! 倉敷先輩が……」
武智に宥められていた佐久間は一呼吸置いて叫ぶ。
「倉敷先輩が部室棟で倒れています!」
――は?
どういうことだ? 佐久間は何を言っている?
「く、倉敷が!?」
「とにかく、すぐ来て下さい!」
武智は驚き、剣道着のまま飛び出していった。
「奥村先輩、それに錆川も来てください!」
「あ、ああ!」
状況が飲み込めないまま、僕も武智と佐久間の後を追った。
部室棟に着くと、階段の踊り場で制服を汚した姿の倉敷が倒れていた。
「く、倉敷! 大丈夫か!」
「う……」
倉敷は苦しそうに呻いている。なんだこれは? この状態はまるで……昼休みと全く同じ状況だ。
「と、とにかく錆川! 頼む!」
「……わかりました」
武智の要請で、錆川が倉敷に触れる。それを見ながら、武智は佐久間に問いかけてきた。
「佐久間、一体倉敷に何があったんだ?」
「わ、わかりません。部室棟に来たら倒れていて……」
その会話を聞きながら、僕は思わず呟いてしまった。
「……確かに、倉敷がまた襲われるなんて、誰にやられたんだ?」
言ってしまった後で、僕はその発言のまずさに気がつくが、もう遅い。
佐久間も、そして傷を負っていたはずの倉敷も起き上がり、僕の方を見てくる。
一方で錆川は倉敷に手を触れながら不思議そうな顔をしていた。
「……倉敷先輩のお怪我が、『肩代わり』できないのですが……?」
「当然だよ白髪姫。オレは怪我なんてしてねえからな」
倉敷はそう言うと、何事もなく立ち上がってきた。
しまった、嵌められた――!
「奥村さぁん。なんでオレの姿を見て、『誰かにやられた』って思ったんですかぁ?」
「そ、それは……」
「そりゃそうだろうなぁ。昼間と全く同じ状況で倒れていたら、『誰かにやられた』って連想するだろうなぁ。昼間の状況を見ていたヤツならなぁ」
そして佐久間も、僕を見ながら確信をした顔をする。
「倉敷先輩が昼休みに怪我をしたことを知っているのは、俺と錆川と倉敷先輩自身。そして……倉敷先輩を襲った襲撃者だけです。それなのにあなたは、倉敷先輩が襲われていたことを知っていた」
こいつら……一芝居打ったのか!
「つまり奥村先輩……あなたが襲撃者……“白刃”のアマクサだ」
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