第9話 強襲
「うおあっ!?」
倉敷先輩が振り下ろした木刀をなんとか避けたが、その拍子でバランスを崩してしまい、廊下の壁にもたれかかってしまう。
当然のことながら、倉敷先輩がその隙を見逃すはずもなく、俺に向かって第二撃が放たれた。
咄嗟に持っていた鞄で、木刀の一撃を防ぐ。しかし倉敷先輩の力は俺よりも上なのは既に明らかだ。徐々に俺は押されていった。
「な、何を……してるんですか……!」
俺は必死に鞄を押していくも、木刀は徐々に俺へと向かっていった。
「何をしてるだぁ?
「昼、休み?」
「やられる前にやれってのがオレのモットーなんでなぁ? これ以上テメエがオレに何かする前に、痛い目見て貰おうってことさぁ!」
倉敷先輩は一旦木刀を引いて、俺に再度振り下ろそうとしてくる。俺はその隙を見逃さず、前蹴りを放った。
「チッ!」
俺の蹴りは寸前で木刀で防がれてしまったが、先輩を押しのけることには成功した。
「やるじゃねえか
「ケンカかどうか知らないが、武器を持った人間に襲われるのは
「そうかい!」
そう叫ぶと、倉敷先輩は再度向かってきた。こちらには何も武器はない。どうすればいい!?
だがそんな俺の視界に、学校に備えてある消火器が映った。無我夢中でそれを持ち上げて、木刀の一撃を防ぐ。
「随分と場慣れしてるじゃねえか。やはりテメエか、昼休みにオレを襲ったのは!」
「なに、言ってる!?」
「とぼけんじゃねえ! ヘルメットで顔を隠してオレを襲ったのはテメエだろう!?」
「ヘルメットで、顔を隠して!?」
倉敷先輩が、襲撃者に襲われていた!? 俺はあのヘルメットの人物こそが、“白刃”のアマクサだと、倉敷先輩だと考えていた。だけど先輩の発言は、その考えと矛盾している。
「ま、待ってくれ、倉敷先輩! アンタがアマクサを名乗って、錆川を狙っているんじゃないのか!?」
「ああ!?」
「そのヘルメットの人物なら、俺も見た! 先輩はそいつに襲われたんだろ!? だったら俺たちがこんなケンカをしてる場合じゃないだろ!」
「……!?」
俺の言葉に動揺したのか、倉敷先輩は木刀を引いた。
「……なんだ、
「俺もその人物……“白刃”のアマクサと名乗っているその人物を探している。倉敷先輩、話を聞かせて欲しい」
「……チッ、わーったよ。だけどまだ完全にテメエを信用したわけじゃねえ。得物は持ったままにしておくぜ」
倉敷先輩は木刀を持ったまま、近くの教室に入った。授業が終わっているからか、生徒は誰もいない。
「来いよ、話すんだろ?」
「あ、ああ」
俺は先輩に促されるまま、教室に入った。
「“白刃”のアマクサ、“空白”のアルジャーノン、“潔白”のバルマーねえ……」
教室で倉敷先輩に向かい合う形で座った俺は、錆川を狙う三人の襲撃者と、その襲撃者たちが姉さんの死に関わっている可能性があることなどを説明した。
「
「ああ。だけど倉敷先輩も襲撃者に襲われたのが真実なら、その可能性は低くなった」
「なるほどねえ……」
倉敷先輩は少し考え込むと、俺に再び向き合った。
「それで? そのアマクサって野郎が剣道部の人間ってのは間違いねえのか?」
「それは……わからない。結局は俺がアマクサの設定から剣道部だと推測しただけだからな」
「いや、たぶん
「え?」
「あの白髪姫が現れてから……剣道部はおかしくなっちまった。それを感じているのはオレだけじゃねえはずだ」
「そういえば、倉敷先輩はなぜ錆川を恨んでいるんだ? やはりレギュラー争いに敗れたからか?」
奥村先輩の話では、倉敷先輩は錆川が奥村先輩の怪我を『肩代わり』したことでレギュラーを逃したというが、それが原因なのだろうか。
「そんなんじゃねえよ。そもそもレギュラーに選ばれてたのは奥村さんだったんだ。そこに異論はねえ」
「だったら、なぜ?」
「……今の剣道部は、白髪姫の得体の知れねえ力を当てにして、それ有りきで動いている。それが許せねえんだ」
「……!」
倉敷先輩の発言は、俺が剣道部に抱いていた違和感をそのまま表していた。
「武智さんも、奥村さんも、白髪姫に怪我を治してもらって当然だと思っている。本来、あの人たちもそんな人間じゃなかった。スポーツやってりゃ怪我の問題はどうしてもつきまとうし、それで結果を出せなくても、それ込みで選手の問題だ。みんなもそう考えていると思ってた」
「だけど、錆川の『体質』は、その問題を取り払ってしまうと?」
「そうだ。白髪姫が現れてから、先輩たちは怪我を気にしなくなった。どんなに無茶な練習をしようと、どんなに部員が怪我をしようと、白髪姫がそれを治しちまう。そして先輩たちはそれにあぐらをかいて、怪我の恐ろしさを忘れちまった」
倉敷先輩は木刀を握りしめる。
「だからオレには……白髪姫がみんなを腐らす魔王に見えた」
……これだ。
これだったんだ。姉さんが錆川に言った発言の意味は。
『その『体質』は、あなただけでなくきっとあなたの周りの人も不幸にする』
錆川の『体質』は、周りの人間の怪我を『肩代わり』できる。そしてその痛みも『肩代わり』できる。だから周りの人間は痛みを恐れなくなる。痛みを……忘れてしまう。
そして痛みを忘れた人間は、きっと他人の痛みもわからなくなる。
だから姉さんは錆川の『体質』を取り除こうとしたんだ。本来、人間は痛みを伴って生きていかなければならないと思ったからだ。
「そんなオレに声をかけてくれたのは、裕子先輩……お前の姉貴だよ」
「え?」
「裕子先輩は剣道部とも親しかったからな。だんだんと変わっていく先輩たちのことも心配していた。だからオレの相談にも乗ってくれたんだ」
「姉さんが、そんなことを……」
「だけど裕子先輩は死んじまった。しかもその原因は白髪姫にあるっていうんだ」
「それが、錆川を恨む理由だと?」
「どうなんだろうな。オレもよくわからねえ。確かにアイツは剣道部を腐らせた元凶なのは違いねえ……だけど」
そこで倉敷先輩は、木刀を床に置いた。
「アイツがみんなのためを思って怪我を『肩代わり』したってのも、理解してはいる」
――そこが、
そこが、この問題の難しいところだ。
錆川は確かに剣道部員たちを腐らせたのかもしれない。だけどアイツは確かに、みんなを助けるために、みんなの役に立つために、自分の『体質』を活用した。そこに一切の悪意はない。
それに、奥村先輩が言ったように、もし錆川が怪我を『肩代わり』しなければ、怪我の後遺症に苦しみ続ける人もいたかもしれない。
「だけど
「どう、と言うと?」
「オレたちは怪我を負うごとに白髪姫に頼り続けることになる。だけど白髪姫が永遠に怪我を『肩代わり』出来ると思うか?」
「それは……」
おそらくは……いずれ錆川にも限界が来るのだろう。俺は今日、傷の痛みに苦しむ錆川を見たのだから。
「そうだ、白髪姫がこのままあの力を使えば、いずれ限界が来る。剣道部員たちが……白髪姫を殺す。それは我慢ならねえ」
「じゃ、じゃあ倉敷先輩が錆川を剣道部から離そうとしたのは……」
「……先輩たちが人殺しになりましたなんて、笑えねえ冗談だろ」
倉敷先輩は顔を背ける。
どうやら俺は、この人のことを誤解していたようだ。
この人が、錆川を憎む“白刃”のアマクサであるはずがない。
「先輩、話を変えるが、今日の昼休みに襲撃されたってのは本当なのか?」
「ああ、いつものように剣道場で自主練しようと思ってたんだが、武智さんにメールで部室棟に呼び出された。まあ、オレの態度について説教されるんだろうと思ったから、素直に従ったよ」
「武智主将に?」
「剣道部の部室も部室棟にあるからな。だが、呼び出されて行ってみても部室は開いてなかった。しばらく待っても武智さんが来る様子もなかったから帰ろうとしたら、後ろから襲撃されたよ」
「そしてその人物は、ヘルメットで顔を隠していたと?」
「そうだ。いくらオレでも、バット持ったヤツに後ろからいきなり襲われたら勝ち目なんてねえ。頭を思い切り殴られて、階段から突き落とされて……気を失っちまった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。バットで思い切り殴られて、さらに階段から突き落とされたって……」
「……もう想像ついてんだろ?」
倉敷先輩は頭を殴られ、階段から突き落とされたにも関わらず、一切の怪我を負っていない。それはつまり……
「オレが気を失っている間に、あの白髪姫がオレの怪我を『肩代わり』したらしい」
あの時怪我を負っていたのは、倉敷先輩だったということか。
確かに思い返してみれば、あの時先輩は妙なことを言っていた。
『白髪姫サマよ、助けたなんて思うんじゃねえぞ』
あれは『自分を助けて恩を着せたと思うな』という意味だったのかもしれない。
「じゃあ、倉敷先輩が錆川に質問しようとしていたことって……」
「白髪姫も、オレが自分を嫌っていることはわかっているはずだ。それなのにオレの怪我を『肩代わり』しやがった。決して浅い怪我じゃねえのは見てわかったはずなのによ」
「そして、錆川に近づこうとした時に、俺が現れた……」
「だからオレは
だからこそ、倉敷先輩は俺を襲ってきた。これ以上自分が襲われる前に、俺に釘を刺すために。
「倉敷先輩、もう一度言うが、俺はそのヘルメットの人物……“白刃”のアマクサじゃない。アマクサは剣道部の人間だ」
「そうだろうな。オレを襲って、白髪姫に『肩代わり』させるまでが奴さんの計画なんだとしたら、剣道部員くらいしかその計画は立てられねえ」
「そうなると……アマクサは倉敷先輩と錆川を呼び出して、尚且つ先輩を襲撃するほどの実力を持った人物……」
「考えたくはねえが……」
あの時、倉敷先輩を呼び出したのは――
『武智先輩にメールで部室棟に呼び出された』
剣道部主将・武智直樹だ。
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