第4話 剣道部


 錆川から自分が殺されるであろう理由を聞いてから一週間。その間、俺は日中は錆川を見張りながら、夜は姉さんが残した小説を読み込んでいた。

 ストーリーはやはり、国王に選ばれた三人の勇者が白髪の少女の姿をした魔王を倒しに行くというのが本筋だった。しかし小説を読んでいた俺には、どうしても拭えない違和感があった。


「三人の勇者が魔王を倒したその瞬間で物語が終わってるな……」


 こういう物語では普通、魔王を倒して終わりではなく、平和を取り戻した世界の描写がエピローグで描かれていそうなものだが。

 とりあえず俺は三人の勇者の設定について大ざっぱに纏めてみた。


 “白刃はくじん”のアマクサ。

 三人の勇者の一人で、口数の少ない侍のような男。魔王を誰よりも憎み、必ず自分の手で斬殺すると誓っている。事実、物語のラストでは彼が魔王にトドメを刺している。魔王を『斬殺』した人物。


 “空白くうはく”のアルジャーノン。

 三人の勇者の一人で、かつて魔王の親友だった女。親友が魔王を名乗るようになった後、自分たちが魔王を倒す決意を固め、国王に進言した張本人。魔王を『殺す決意』をした人物。


 “潔白けっぱく”のバルマー。

 王国内でも高名な僧侶で、三人のリーダー格。魔王とは深い関係性はないが、親友であったアマクサとアルジャーノンが魔王を倒す意志を固めていたため、自分が先導すると決めた。魔王を『殺す計画』を立てた人物。


 錆川を狙う襲撃者たちは、なぜかこの三人の名前を名乗っている。おそらくは彼らも、姉さんの小説の内容を知っているのだろう。


「つまり、錆川を白髪の魔王に見立てて、自分たちがその魔王を倒す勇者を気取ってるわけか……」


 もし襲撃者たちの目的が姉さんの敵討ちならば、その小説の登場人物の名前を借りるのはわかる。しかし本当に、それだけが理由なのだろうか。

 そこで俺は、一つの可能性に気づく。


「錆川が魔王のモデルなのだとしたら、三人の勇者にもモデルがいるのか?」


 姉さんが白髪の魔王を錆川をモデルに書いたのだとしたら、この三人の勇者も、実在の人物がモデルなのではないだろうか。そしてそのことを、モデルになった三人も知っているのだとしたら……


「つまりこの小説が、襲撃者の正体に繋がるのか……?」


 可能性はある。そうなると、姉さんに近しい人間からもっと話を聞くしかない。そう考えて、ひとまず俺は明日に備えて眠りについた。



 翌日。

 俺は教室に入るなり、アキの追及を受けた。


「佐久間くーん!? やっぱり君、錆川さんと付き合ってるの!?」

「いきなりなんなんだ……」


 アキは興奮した様子で俺に質問してくる。まあ確かに、俺は学校ではいつも錆川と一緒にいるようにしているので、そう思われても仕方ないだろう。


「付き合ってるわけじゃない。ちょっと用があるだけだ」

「ええー? いつも一緒にいるじゃん」

「だから、いつも用があるんだよ」

「それはもう、付き合ってるんじゃないの?」


 そう言われると、周囲からはもう俺と錆川は付き合ってるようにしか見えないのかもしれない。


「あの……失礼します……」

「え?」


 そんなやりとりをしていると、なぜか錆川が教室に入ってきた。錆川の方からD組に来るのは初めてだ。


「あーっ!! 錆川さん、今日はそっちから遊びに来たの!?」


 アキは錆川を見て、顔をほころばせる。ちなみにこの一週間で、錆川とアキは俺を通じて顔見知りになった。


「え、は、はい……今日まで生きていられましたので……」

「え? 生きていられた?」

「あー、と。今日はどうしたんだ?」


 錆川が余計なことを口走る前に、俺は話を前に進める。


「はい……実はその……佐久間くんは部活に入るつもりはありませんか?」

「部活? ああ、そういえばそろそろ仮入部の時期か」

「そうです……何か興味はおありですか?」

「うーん……」


 思えば、姉さんの事故のことばかり考えていたので、部活に入ろうなんて気は全くなかった。そもそも俺は、中学でも部活には入っていなかったので、今から何かをするとなると少しハードルは高い。


「錆川は文芸部に入っていたんだったか?」

「はい……ですが先日申し上げた通り、文芸部は廃部になりましたので……今は運動部のお手伝いをして回っています……」

「運動部の手伝い?」


 錆川にはあまり運動といった要素に結びつくものがないように見えたので意外だったが、そんな俺に錆川が耳打ちした。


「……私の『体質』は、運動部の皆様には重宝されているのですよ」

「……!!」


 そうだ、錆川は生徒たちの怪我を『肩代わり』しているんだった。運動部の生徒なら、怪我をする確率は高い。


「アンタ……もうそんなことは」

「やめろと仰るのですか? ですが私は、自分が殺されるまでに多くの方の傷を『肩代わり』したいのです……」

「……」


 呆れるほどに自分を犠牲にする錆川の精神構造に少し恐怖を覚えるが、今はそこを追及するのはよそう。

 錆川は俺から離れて、本題に入る。


「それで、今回は剣道部の先輩に新入部員を集めてくれと頼まれていまして……このクラスを訪ねたのです……」

「剣道部?」


 剣道部か……正直、あまり馴染みがない。そんなに気が進まないので、アキに話題を振ってみる。


「アキはどうだ? 剣道部入る気あるか?」

「えー? 剣道ってなんか怖いなあ-。それに私、もう入る部活決めてるし」

「そうなのか? どこに入るんだ?」

「へへー、秘密ー」


 アキはいたずらっぽく笑っている。どの部に入ったかなんていずれわかるんだから、隠す必要もないと思うが。


「佐久間くんは……どうでしょうか……?」

「うーん、悪いが俺も……」


 断ろうとした俺だったが、ふと思ったことがあった。

 錆川を狙っているであろう襲撃者たち。その襲撃者たちは、姉さんに近しい人物……つまり上級生である可能性は高い。

 だが今の俺は、上級生に何の繋がりもない。そうなると、襲撃者たちの情報も手に入りにくいかもしれない。

 なら、上級生との繋がりを築くのに一番手っ取り早い方法は、部活に入ることだ。

 それにもう一つ。襲撃者の一人である、『“白刃”のアマクサ』を名乗る人物。

 小説ではアマクサは刀を使う侍のような剣士だった。もしアマクサが実在の人物をモデルにしているなら、その人物も刀に関係している要素があるかもしれない。


 そして学校内で、刀に関係する要素があるとすれば……それは剣道部だ。


 もしアマクサが剣道部の部員だとしたら……接触してみる価値はあるかもしれない。


「わかった、錆川」

「はい?」

「剣道部、見るだけ見たい。放課後に案内してくれるか?」

「あ、ありがとうございます……」


 錆川は微かに表情を緩め、俺に礼を言って教室に戻っていった。

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