第71話 しばらく入院生活

 帰り道。

 ヤンデレ神社まで戻ってきたイブキたちは、クマさんぬいぐるみを回収して、手水舎ちょうずやの水で喉をうるおした。


「少し休憩しよう」


 デバイスの画面がバキバキになっている。

 電源ボタンを長押しすると、奇跡的にOSが起動した。


 アプリを立ち上げる。

 位置情報システムでアカネやエリカの安否を調べる。


 点。

 動いている。

 ざっと確認した限りでは、みんなの命に別状はなさそう。


「心臓に悪いな」


 プツン。

 ほっと安心した瞬間、デバイスはその寿命を迎えてしまった。


「きゃ⁉︎」


 ミクの悲鳴がした。


「どうした?」


 イブキが駆けつけると、安置されていた人魚のミイラが灰になっていた。


 自然発火したらしい。

 不思議なことに木箱には焦げ跡一つ残っていない。


「私たちが勝負に勝ったから……負けたホムラの神聖が陰って……たぶん、ミイラに魂を繋ぎとめられなくなったんだ……」

「何か心当たりがあるのか?」

「いえ、忘れてください」


 ミクが首を振る。


 イブキたちは少年院を目指した。


 ……。

 …………。


 そして一週間後。


 イブキは窓の外を眺めていた。

 ずっと晴天が続いているお陰で気分は明るい方である。


 ここは本土の病院だ。

 全治三ヶ月……それがイブキに下された診断だった。


 ロリエッタがお見舞いにきている。

 というより、他に行く場所がないから、ビジネスホテルと病院を往復する生活を送っている。


「カットできました。パパに食べさせてあげます」


 今日のフルーツは鬼竜家から届いた完熟マンゴー。

 一口ほおばると果物とは思えない甘味がした。


「うん、おいしい」

「アカネが退院したら、お礼のお手紙を書くのです」


 ロリエッタが指をめながらいう。


 少年院のその後について。

 法務省のハヤトから教えてもらった。


 施設は一時閉鎖。

 島への定期便も廃止になったらしい。


 シオン以下数名はそのまま仮退院。

 残りの女の子は全国の女子少年院へと散っていった。


 重傷者は一人だけ。

 もちろんイブキである。


 他の子が無事だったから、責任を果たしたというべきか、アカネやエリカが頼もしかったというべきか、悩ましいところである。


 長兄のヤマトから電話があった。

 開口一番、自衛隊に戻ってこいといわれた。


『勘弁してください。骨が折れているのです』

『全治は?』

『三ヶ月です』

『何本やったんだ?』

『ヒビまで入れると、両手で数えきれないくらいには……』

『よく生きていたな。軍隊なら賞状がもらえた』

『笑い事じゃありません』


 イブキは電話を置いた。

 すると尿瓶しびんを手にしたロリエッタが寄ってきた。


「パパ、おしっこの時間なのです」

「まいったな……三日月にそっちの世話をされるとは……」

「毎回、看護師さんの手をわずらわせるわけにはいきませんから。自分たちができることは自分たちでやるのです」


 これではどっちが保護者なのか分からない。


「すまん……頼む……」

「個室なのですから。照れないでください」

「いや、三日月に見られるのも恥ずかしいのだ」


 出すものを出した後は濡れタオルで身体をいてもらった。

 ロリエッタは気が利くから、将来いいお嫁さんになりそうだな、と親バカっぽいことを考えてみる。


「それにしても、誰が入院費を出してくれたのでしょうか?」

「分からない。病院の先生なら知っているだろうが、何も教えてくれなかった」


 最初、イブキは四人部屋に入れられた。

 ところが翌々日、個室へと移された。


 それから毎日の病院食がグレードアップした。

 お寿司やステーキが出てくるから、ロリエッタがいつもチェックしにくる。


「入所していた子の身内が病院に働きかけたのは間違いないが……」


 念のためハヤトにも確認してみた。

『法務省がそんなことするわけないだろう。血税だぞ』と一蹴された。


「私のホテル代まで払ってくれるなんて太っ腹なのです」


 ロリエッタが完熟マンゴーで膨れたお腹をポムポムしながらいう。


「ねえねえ、パパ、今夜泊まっていってもいいですか?」

「どこで寝るつもりだ?」

「パパのベッドに侵入します」

「ダメだ。三日月くらいの歳の子は一人で寝なさい」

「むぅ、なのです」


 ときどき忘れそうになるが、ロリエッタはこう見えても16歳なのである。


「だったら、今日も勉強を教えてください」

「ああ、いいぞ」

「やった!」


 イブキを占有できるのが嬉しいらしく、その場でくるりとターンした。

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