第70話 ミクの願いと禁忌技
イブキは得意のヒットアンドアウェイに
敵の攻撃を避けつつ、コツコツとダメージを蓄積させていく。
東堂流古武術。
三ノ技。
拳で相手の肉を削ぎとる。
ダメージを与えるというより、出血させてペースを崩すのが狙い。
東堂流古武術。
四ノ技。
今度は蹴りで肉をえぐる。
さっきよりも大量の血がこぼれて赤い霧が飛んだ。
小削と大削を会得するためには、何年も何年も、木を割り続けないといけない。
いまバケモノが流している血は、かつてイブキが流した血。
業を煮やしたバケモノが反撃してくる。
けれどもイブキにかすりもしない。
「人間は修行する。それがお前ら動物との決定的な差だ」
生き物にはクセがある。
右、左、右、左の順で攻撃してくるとか。
そして人間の格闘家ほどフェイントがうまくない。
このバケモノの攻撃なら、60分連続で避けられる自信があると、イブキは冷静に考えていた。
そろそろ出すか。
フィニッシュブローとなりうる一撃を。
禁忌。
そう呼べる技が二つある。
祖父いわく、強力すぎて殺してしまうから人間相手に繰り出してはいけない、らしい。
『だったら、どのようなシチュエーションで役に立つのでしょうか?』
それを訊いたら沈黙された。
『つまり、この先一生、役に立たないということですね』
図星だったらしく殴られた。
現在、イブキが相手にしているのはバケモノ。
禁忌技をぶつけても祖父は文句をいわないだろう。
「どうした、苦しそうだな」
バケモノが肩で息をしている。
攻撃スピードも落ちてきており、迫力こそ健在だが、いたずらに地面を叩くのみである。
ウガァ! という怒号が響いた。
バケモノが何かを拾う。
ゾッとするほど長い。
三國志演義とか
あの中に
有名なところだと
5メートルくらいの長さがあるから、リーチの外から相手を一方的に刺し殺せる。
あの大量殺人兵器。
それに匹敵する武器をバケモノはグルグルと回しはじめた。
風のうなり。
羽虫でも叩き潰すように振り下ろしてくる。
サイドステップでかわしたが、さっきまで立っていた地面がえぐれていた。
「ッ……」
東堂流古武術。
二ノ技。
筋肉を硬化させてダメージを殺そうとしたが、イブキの体はゴム
口いっぱいに血の味が広がる。
なるほど……。
人間がつくった武器を使いこなすとは……。
イブキの体が宙に浮いた。
バケモノの手に捕まって持ち上げられたのだ。
ものすごい握力で締めつけてくる。
肺から空気が逃げていく。
残された時間は15秒か、20秒か。
「東堂さん!」
ミクの声がした。
「負けないでください!」
バケモノの元へ走ってくる。
こら! お前!
東堂さんを離せ!
汚い手で触るな!
そういって恐ろしい顔にビンタを叩き込んだ。
もちろんミクの攻撃で怯む相手ではない。
バケモノがふうっと息を吹きかけると、風圧に押し負けたミクの体は尻もちをついて倒れた。
ミクはすぐに立ち上がる。
今度は石を投げて命中させた。
「東堂さんは約束を守る人だ! だから、お前なんかに負けない!」
その時、イブキの体内で不思議なことが起こった。
底知れぬエネルギーが湧いてきて、酸欠になった体を支えたのだ。
「西園寺、もっと俺を応援しろ」
かすれる声で伝える。
「東堂さん、勝って!」
「もっとだ」
「勝ってください!」
「もっと……」
「東堂さんは必ず勝つ!」
女の子の声援で強くなる。
スポーツ漫画でありそうな現象が我が身に起こっている。
「一緒に帰りましょう!」
イブキはカッと目を見開いた。
「その願い、受け取った」
絶好調という言葉では足りない。
神でも宿ったかのような全能感に支配される。
東堂流古武術。
一ノ技。
これは上半身の筋力を一時的に強化させる技。
締めつけに真っ向から抵抗して拘束を逃れる。
東堂流古武術。
五ノ技。
次は下半身の筋力を一時的に強化させる。
鋭いダッシュでバケモノのふところに飛び込んだ。
禁忌技を発動させるには破戒と迅雷のセットが不可欠。
つまり条件は満たされた。
二つある禁忌技。
どっちを繰り出すか。
イブキは両方という選択をした。
コンビネーションを試したことはないが、純粋に手数が増えるから、単発よりは確実だろうという判断である。
無の境地へと一歩を踏み出す。
東堂流古武術。
十一ノ技。
殴る蹴るの十六連撃を叩き込む。
決まった流れがあり、終わりが近づくにつれて威力が増していく。
東堂流古武術。
十二ノ技。
両拳のエネルギーを一点に集中させて、最大出力のパワーを心臓の位置に打ち込む。
ものすごい反動がイブキの心臓にも伝わってきた。
負けじと押し返す。
全力で
一瞬、世界が静止したみたいになった。
ややあってバケモノの口から滝のような血が飛んだ。
ミクと目が合う。
嬉し泣きに近い表情をしている。
終わった。
長い死闘だったような気がする。
けれども実際は100秒くらいだろう。
とても長い100秒。
すべての力を出し尽くした。
この先の人生で二度と経験しない。
「俺の勝ちだ」
バケモノが倒れるのを見届けたあと、イブキは真っ赤になった拳を空に向かって突きあげた。
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