第69話 人間をナメるな

 デカくて強い。

 そんな肉食獣をランキング化したサイトが多数ある。


 イリエワニ。

 体長7メートル。

 体重1,000kg。


 ホッキョクグマ。

 体長3メートル。

 体重800kg。


 アムールトラ。

 体長3メートル。

 体重350kg。


 ランキングには出てこない隠れた猛者がいる。


 アザラシ。

 その最強種。


 ミナミゾウアザラシ。

 体長6.5メートル。

 体重5,000kg。


 トラックが海辺を歩いているような存在感だろう。

 人間がバトルしたら陸地だろうが水中だろうが秒殺される。


 加えて気性が荒い。

 百匹くらいのメスを一匹のオスが独占するハーレム型だから、オスがオスを殺すなんてザラにある。


 なぜイブキがこんな話を思い出したかというと、いま目の前にいるバケモノが、ミナミゾウアザラシ級の巨体だったからだ。


 周りの小さい個体はおそらくメス。

 にしても驚きの体格差といえる。


 ウミガメを咬み殺せそうな牙。

 まるでナイフが口から生えているみたい。


 広げたら1メートルありそうな手。

 肉を裂くことに特化した爪が並んでいる。


 そして圧倒的な筋肉、筋肉、筋肉。


 平均的な成人男性の場合、40%ちょっとが筋肉量といわれる。

 体重60kgならば筋肉は25kgくらい。


 このバケモノ、おそらく体重4,000kgはある。

 筋肉率を40%と仮定してみよう。

 1,600kgくらいの筋肉量。


 動物のパワーは筋肉量に比例する。

 デカいやつが有利とは、筋肉が多いやつが有利とも言い換えられる。


「デカすぎるな、お前。どんなおやつプロテインを食べたら、そんな肉体をキープできるのか、教えてほしいな」


 筋肉ムキムキのスポーツ選手は毎日5,000kcalくらい摂取する。

 エネルギーが足りないと筋肉がしぼむからだ。


 このバケモノの場合、一日に100,000kcalくらい食べているのではないか。


 イタチザメとか。

 メジロザメとか。

 大型のサメ、もしくはイルカを捕食しないと、この体型は維持できないはず。


 超ド級のモンスター。

 こいつを倒さないとミクを連れて帰れないらしい。


「ホムラ! 話が違います!」


 ミクがいきなり叫んだ。


「あいつは出さないと言ったじゃないですか⁉︎」


 ここにいない人物に向かって文句を垂れている。

 あのくらい元気があれば体調の心配はなさそうだが……。


 イブキは目の前のバケモノに集中する。

 海中ならいざ知らず、ここは陸上だから、案外、五分五分くらいの勝負になるかもしれない。


 そんな見通しは最初の一撃で消し飛んでしまう。


 向こうがパンチを放ってきた。

 イブキもパンチで迎え撃つ。

 激しくぶつかる。


「ッ……」


 押し負けたイブキの体は、背中から岩の壁にぶつかったあと、バウンドして地面を転がった。


 かなり痛い。

 空が三回転するくらいの衝撃。


「東堂さん!」

「心配するな、西園寺……俺がコイツを倒してやる」

「やめてください! 本当に死んじゃいますよ!」

「いいや、勝つ。俺を信じろ」

「東堂さん……」


 バケモノが右手を気にした。

 真ん中の指を曲げたり伸ばしたりしている。


 ダメージあり。

 粉砕とまではいかないが、手の骨にヒビを入れてやったのである。


 グルルルルッ……。

 もしバケモノが人間語を話せたなら『小猿め、小賢こざかしいマネを……』といったかもしれない。


 イブキには優っている武器が二つある。

 一つは小回り。

 一つは視力。


 動物はおおむね目が良くない。

 陸と海を行ったり来たりする生き物の場合、陸では極度の近視を抱えていたりする。


「おい、バケモノ、人間をナメるな」


 イブキは冷たい声でいった。


 こんな大物、この先の人生で二度と会えないだろうという愉悦が、闘志を限界までかき立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る