第23話 ライバルには負けたくない

 シマリスを飼っていた。

 怪我した子どもの個体だった。


 名前はつけなかった。

 それをペットと呼べるか怪しいが、人の心をなごませてくれるという意味では、立派なペットだった。


 いまでも鮮明に覚えている。


 木の実や虫を持っていくと、元気にむしゃむしゃと食べるのだ。

 もっとちょうだい、と訴えるように、ふさふさした尻尾を振ってくる。


 三週間もすると、体力がついて、走れるようになった。

 秋になると巣ごもりの準備をするので、そっと野山に帰してあげた。


 一夏の思い出である。


「遊園地……か」


 どうしてミクに優しくしてしまうのか、その理由はわかっている。

 シマリスがいた夏を思い出すからである。


 両者はとても似ている。


 ドジなところとか。

 警戒心が強いところとか。

 食べるのが遅いところとか。

 あらゆる点がイブキの庇護欲ひごよくをぐっと刺激してくる。


 なんという不届き者だろうか。

 教官の身でありながら、少女とシマリスを重ねるなんて。


「もしかしたら、西園寺の前世は小型ほ乳類かもしれない」


 ミクのことが気になって仕方ない今日この頃である。


 イブキは体育館へやってきた。

 少女たちの歓声がワーワーと地鳴りのように響いてきた。


 アカネとエリカによるワンオンワンが終盤に差し掛かっているのだ。


「私は月城さんが勝つと思うな」

「うん、私も」

「えっ〜」

「鬼竜さんに賭けるの?」

「だって、いつもお世話になっているから」


 残り時間は四分ほど。

 試合はエリカがリードしている。


「院長さんはどっちが勝つと思いますか?」

「この勝負、鬼竜が勝つな」

「えっ⁉︎」


 ホイッスルが鳴る。

 エリカがシュートを決めて、さらにリードを広げた。


「どうしてそう思うのですか?」

「特に理由はない。負けている方を応援したくなる」

「な〜んだ」


 女の子がクスクスと笑った。


 もちろん根拠はある。

 イブキが気にしたのはスタミナである。


 エリカはいつも全力なのだ。

 純粋にバスケットを楽しんでおり、ペース配分なんか考えていない。


 一方、アカネはゲームプランを持っている。

 強引にいきたくなる場面でも、わざとペースを緩めて、終盤まで体力を温存している。


 これは計画と無計画の戦いである。


 アカネは手応えを感じているだろう。

 エリカのペースがわずかに、けれども確実に落ちてきたことに。


 残り一分になった。


 アカネが連続してポイントをとる。

 点差があっという間になくなりスコアが並ぶ。


「鬼竜さん、すごい!」

「さっきよりも速くなった!」


 いや、逆だ。

 エリカが遅くなっている。

 けれども本人からすると、アカネがスピードアップしたように映るだろう。


「よっしゃ! 逆転だ!」


 アカネが気持ちのこもったガッツポーズをする。


「はぁ……はぁ……」


 エリカは呼吸を乱しており、明らかに苦しそう。


 万策尽きたか。

 ギャラリーがそう感じたとき、アカネが最後のオフェンスに入った。


 エリカはフラフラである。

 あっさりフェイントにかかってしまい、簡単に抜かれてしまう。


 月城!

 諦めるな!

 イブキは念を送ってみた。


 偶然だろうが、ガラス玉のような瞳が一瞬こっちを向いた。


 アカネがシュート体勢に入っている。

 エリカはバランスを崩しながら、死にものぐるいで手を伸ばす。


 つかむ。

 なんとか食いさがる。


 負けたくないという気持ちが、ここで一つの悲劇を生んでしまった。


「あっ⁉︎」

「えっ⁉︎」


 ずりっと。

 アカネの腰から、ハーフパンツとセクシーな下着が、きれいにずり落ちてしまったのである。


「ちょ⁉︎」

「いやっ⁉︎」


 ギャラリーがお口をあんぐりさせた。

 みんなの視線の先には小ぶりのお尻があった。


「これは事故なのです!」


 エリカはコートに転がったまま金魚みたいにお口をパクパクさせる。


「とんでもないやつだな⁉︎」


 アカネは大赤面しながら、黒ショーツを元の位置に戻す。


「シュートモーションに入った選手の下着を、空中でつかめるほど、私は器用じゃありません!」

「わかったから! あとハーフパンツから手を離せって!」

「これは失礼……」


 喧嘩するほど仲がいい。


 そんな言葉を思い出さずにはいられないイブキであった。

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