第24話 お昼寝と添い寝サービス

 お昼休みの医務室。


 ミクは天才的なアイディアをひらめいた。

 ゲームやアニメの世界なら、ピコンッと頭に電球アイコンがつく場面であった。


 手帳を開いて相合傘のイラストを描く。

 右側にアカネの名前を、左側にエリカの名前を入れる。

 傘のてっぺんにハートマークをつける。

 これで完成。


 恋愛成就のおまじないである。


 アカネとエリカは少年院がほこる美少女ツートップ。

 つまりイブキを奪いあう強敵でもある。


「だったら、アカネちゃんとエリカちゃんが相思相愛になればいいのです!」


 ライバルが二人消える計算にならないだろうか。

 すっかり上機嫌になったミクは、願望を成就させるための呪文、


「ゾランニ・ ザイックス・エラストート」


 を唱えておく。


「エリカちゃんのマイペースに翻弄ほんろうされるアカネちゃんという図も、なかなかおつなのです。これはもう、二人を密室に閉じ込めるしかありませんね。やがてあやしいムードになって、キスしちゃう? みたいな流れになって……」


 ミクが妄想に浸かっていると、ちょん、と肩に触れるものがあった。

 昼食のトレーを手にしたエリカが立っていた。


「なにをやっているのです?」

「うはっ⁉︎」


 あっさり手帳を奪われてしまう。


「相合傘?」

「いや……それは……」

「仲良くなるための術式ですか?」

「術式というより、おまじないですが……」


 やってしまった。

 エリカを怒らせてしまった。


 ミクの背筋にブルブルッと寒気が走る。


「ミク殿」

「はい⁉︎」

面目めんもくない」

「えっ⁉︎」


 エリカが手帳を返してくれた。


「私とアカネ殿の不仲説を心配してくれたのですね」

「いや……そういうわけではないですが……」


 昼食のトレーには二人分のサイドイッチがのっている。

 エリカに催促さいそくされて片方を手にとる。


「ですが、ご安心ください。みんなが思っているより、私とアカネ殿は仲良しですから」

「はぁ……」


 エリカは優しい。

 今日だってミクのためにお昼ご飯を持ってきてくれた。


 聖女みたいな女の子に敵意を抱いてしまうなんて、自分はなんて浅はかなのかと、ミクは自己嫌悪になるわけである。


「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」

「ミク殿、大丈夫ですか?」

「ちょっと胸に……詰まるものがありまして……」

「ほら、お水を飲みなさい。あまり噛まなかったから、胃袋がびっくりしたのでしょう」

「ありがとうございます……こんなミクのために」


 サンドイッチを完食してから他愛のない話をした。

 ふわぁ、とエリカの口から愛らしいあくびが飛び出した。


「すみません、バスケットの試合で体力を消耗しょうもうしたみたいです」

「大丈夫ですか?」

「ちょっと寝させてください」


 エリカがズズズッとベッドに侵入してくる。


「ミク殿の体……抱き枕にぴったりですね」


 そういってミクの肩に腕を回してくる。


「おやすみなさい」

「えっ……ちょ……」


 秒速で寝てしまった。

 残されたミクは動きたくても動けない。


「これは添い寝サービスでしょうか……」


 なぜか胸がドキドキする。

 イブキに触れられた時みたいに肌が熱くなる。


 女の子同士なのにいいのだろうか?

 でもエリカは疲れているから……。


「もしも〜し、本当に寝ちゃったのですか?」


 恐る恐る指を伸ばしてみた。


 うはっ⁉︎

 エリカちゃんの鎖骨さこつ⁉︎

 ラインがエロくて格好いいのです。


 ふっくらした胸も触ってみた。

 弾力があって、思ったよりも硬くて、品のある形をしていた。


 銀髪にも指を通してみる。

 粉雪のようにサラサラしていて冷たい。


「ああ……もう……エリカちゃんは存在が反則なのです……こんな無防備な姿をさらされたら、誰だってイタズラしたくなります」


 きれいな唇を見つめた。

 色素が薄くて、ぷりっとしている。


 イブキとは真逆。

 デザートみたいで美味しそう。


「エリカちゃんのせいですからね」


 指先でなぞってみたとき、エリカがハッと目を覚ます。


「うはっ……」

「バリバリバリッという音が接近してきます。この速さは、まさか……」


 エリカがベッドから飛び出した。

 窓ガラスを開けて北の空を眺めた。


「なにかいるのですか?」

「ヘリコプターが接近してきます。おかしいですね。来訪の予定は一件もなかったはず……」


 ミクの耳にもバリバリ音が届いてきた。

 丘の向こうから黒い影が迫ってきて、ヤンデレ女子少年院の真上でとまった。


「私たちもいってみましょう。良くない予感がします」

「はい」


 グラウンドには大勢の女の子が集まっている。

 ゆっくりと降下してくるヘリコプターを遠巻きに見守っている。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 すごい砂ぼこりだ。


「ミク殿、大丈夫ですか?」

「はい、なんとか」


 ヘリコプターから人が降りてきた。


 白スーツを着た長身の男性である。

 芸人のように派手な金髪をしており、リーゼントスタイルに固めている。


 ミクとエリカに気づくと、トコトコと寄ってきて、男はサングラスを持ち上げた。


「おい、そこのテディベアの女の子!」

「ひぇ⁉︎ 私ですか⁉︎」

「そうだ! 君だ!」


 ミクの記憶にない人である。


「西園寺ミクだろう。久しぶりだな。元気にしてたか?」

「ど……ど……どちら様でしょうか?」

「なんだ? 俺の顔を忘れたのか?」


 男がエリカの方を向く。


「君のことも覚えている。月城エリカだな」

「はぁ……」


 男はキザっぽい口笛を鳴らした。

 エリカのあごに触れて、品定めするように見つめる。


「しばらく会わないあいだに、いい女になったな、どうだ? 俺の彼女になるか?」

「ッ……」


 エリカはこめかみに青筋を立てる。


 バチンッ!

 強烈なビンタを繰り出して、男の体を三メートルくらいぶっ飛ばしてしまった。


「あなたには三つの罪があります。無断でヘリコプターを飛ばした罪。無断でヤンデレ島に上陸した罪。無断で女の子に話しかけた罪。ゆえに魚のエサになってもらう必要がありますね。何か言い残すことがあれば、30文字以内でお願いします」

「待て、待て、勝手に俺を殺そうとするな! あと冗談が通じないのは相変わらずだな!」


 男はそういって胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。

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