第22話 東堂さんのコンプレックス

 ミクはベッドの上でため息をついた。


「あぅあぅ……東堂さん、東堂さん……ミクとあなたが結婚できる確率は何パーセントあるのでしょうか」


 ごろんと寝返りをうつ。


「そうですね……デートをしてみたいです……買い物を楽しんだり、一緒に映画を観たり、遊園地で大はしゃぎしたり……」


 頭にピタッと冷たいものが触れてくる。


「えっ⁉︎ 東堂さん⁉︎」

「調理場から氷をとってきた。冷やした方がいいと思ってな」

「いつから医務室にいたのですか⁉︎ まったく気配がなかったのですが⁉︎」

「西園寺がぶつぶつと壁に向かって話しているとき……かな」

「あわわわわわっ⁉︎」


 愛の告白を聞かれてしまった。

 パニックのあまり、うひゃあ⁉︎ と下品な声をあげてしまう。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ミクの好意なんか迷惑ですよね……というか、私なんか眼中にないですよね」

「謝るのは俺の方だ。うっかり盗み聞きをしてしまった」


 イブキはベッドの脇に腰を下ろす。


「そんなに行きたいのなら、いつか遊園地へ出かけてみるか?」

「ほぇ?」


 東堂さんと一緒に?

 遊園地へいってみる?


 ミクの脳内で天使がラッパを吹きまくる。


「いいのですか⁉︎」

「西園寺が退院したらな。あと、西園寺の親が許可してくれたらな。別に、元入所者と教官が遊園地へいくことは、禁止されていない。西園寺の退院祝いだったら、口実としては十分だろう」

「やったぁ!」


 イブキは困ったように頬をポリポリする。


「実は俺も遊園地には興味がある」

「えっ⁉︎ あの東堂さんがですか⁉︎」

「祖父も父母も厳しかったから、あまり遊ばせてもらえなかった。遊園地を知らないまま、この歳になってしまったことは、何気にコンプレックスだったりする」

「とても意外です。東堂さんにそんな一面があったなんて。あと、遊園地の楽しさを知らないなんて、人生、絶対に損していますよ!」


 ミクが口角をキュッと持ち上げる。

 小動物みたいで愛らしいな、とイブキは思ってしまう。


「あと、迷惑じゃないぞ。西園寺の好意は。好きなものを好きといってなにが悪い」


 イブキは指をのばして、ミクの髪についていたゴミを払った。


「東堂さん……」

「俺だって西園寺が好きだ」

「東堂さん⁉︎ それは本当でしょうか⁉︎」

「ニワトリの卵、西園寺が毎朝回収しているのだな。頑張り屋さんは好きだぞ」

「ああ……そういう毛色の好きですか……」


 ミクの口から淡いため息がもれる。


「やっぱり東堂さんは東堂さんですね」


 昨夜、うっかり睡眠薬を飲ませてしまった。

 エリカと共謀きょうぼうしてぐるぐる巻きに縛ってしまった。


 嫌われたんじゃないかと、心のどこかで怖れていた。


 今日もイブキは優しい。

 それだけでハッピーになれる。


「頭の痛みはどうだ?」

「だいぶ良くなってきました」

「そうか。俺は体育館の様子を見てくる。またここに戻ってくる」


 医務室を出ていくとき、イブキは一度立ち止まり、沈黙のジェスチャーをする。


「遊園地のことは、くれぐれも他言無用で頼むぞ」

「はい、私たちの秘密ですね」


 ミクからもジェスチャーを返しておく。


「……遊園地の話……冗談じゃないんだ」


 一人になったあと、ミクは布団のなかで身悶みもだえしまくった。


「東堂さん、好きです」を30回くらい連呼してみた。

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