第21話 バスケットボールと片想い

 ダンダンダンッとボールの跳ねる音がする。

 光沢こうたくのあるバスケットコートで女の子たちがシュート練習している。


 真剣そうなミクの姿もあった。


 シュートが成功する確率は七回に一回くらい。

 数ヶ月前よりマシになったとはいえ、実力的にはビリに近い。


「じゃあ、第一試合はAチームとBチームから。審判役はCチーム」


 ミクはスコアボードを担当することになった。

 けれども視線は別コートで繰り広げられるワンオンワンに釘づけだった。


 アカネとエリカである。


 ともに身体能力がずば抜けたもの同士。

 チームバランスが崩れるのを防ぐため、個別に練習しているのだ。


 まずはアカネがオフェンスする番。


 緩急のあるドリブルでエリカを左右にゆさぶる。

 抜きにいくと見せかけて、ボールを素早く切り返す。


 エリカは動体視力がいい。

 そういう人間はフェイントにかかりやすいのを、アカネは本能的に知っている。


 アカネが一瞬の隙をついた。


 ドリブルで股抜きレッグスルー

 からの美しいレイアップシュート。


 エリカは後ろから追いすがったが、ボールにはわずかに届かなかった。


「よしっ!」


 ポニーテールをなびかせながらガッツポーズを決める。

 点を取られたエリカは少し悔しそう。


「次は私が攻める番ですね」


 エリカだってスポーツ全般が得意である。

 けれどもバスケットの技術はアカネに一日のちょうがあることを知っている。


 だったら、どうやって対抗するか?


 ぽ〜ん、とゴールに向かってボールを放り投げたのである。

 それを全力疾走して追いかける。


 空中でキャッチ。

 そのままリングに叩き込む。

 ガード不可能のコンビネーションを炸裂さくれつさせて、ド派手に点を奪ってしまった。


「くそっ……このチート女め」


 アカネは忌々いまいましそうに舌打ちする。


「ふむ、ちょっと踏み切りが早かったですね。要修正なのです」


 エリカはまだまだ余裕の表情である。

 この少女にとってバスケットとは、丸いリングにボールを通すという、単純作業に過ぎない。


 アカネちゃん!

 頑張ってください!


 ミクは心の中で声援を送ってみた。


 アカネのプレーは正統派スタイル。

 基本を忠実に守っており、その上、頭脳プレーだってり交ぜてくる。


 それなのに、エリカの変態バスケ、というより玉入れゲームに翻弄ほんろうされるなんて納得がいかない。


 理不尽すぎる。

 泣きたくなる。

 テクニックでは絶対にアカネが上なのに!

 

 一部の女子からキャーキャーという歓声があがった。

 エリカが豪快な背面ダンクを決めて、ブロックにきたアカネを吹っ飛ばしたのである。


「くそっ……」

「立てますか?」

「もうちょっとで止められたのに」

「はい、さっきのは危なかったです」

「エリカっちはスタミナがないからな! 次は絶対に防いでやる!」

「はい、次は防がれそうな気がします」


 格闘技の世界にはミックスアップという用語が存在する。

 ライバル同士が試合中、互いを刺激することで、ともにレベルアップすることを指す。


 それと似たことがアカネとエリカにも起きているかと思うと、ミクとしては、二人のライバル関係が少しうらやましかったりする。


「西園寺さん、危ない!」


 黒い影が迫ってきた。


「ふんぎゃ⁉︎」


 飛んできたボールがミクの顔面にヒット。

 大の字になって倒れてしまった。


「大変!」

「西園寺さんが!」


 目の前が真っ暗になる。

 意識がほとんど飛んでいる。


 数十秒後、まぶたを持ち上げると、心配そうな顔をしたアカネがいた。


「あれ……アカネちゃん?」

「ミクっち、この指が何本かわかるか?」

「ええと……6本くらいに見えます」

「やばいな、これは」


 おんぶで医務室まで運ばれることになった。


「すみません、エリカちゃんとの試合中だったのに。付き合ってもらって」

「いいって。インターバル代わりだから。気にするなって」

「ミクとしては、アカネちゃんに勝利してほしいです」

「どうしたの? エリカっちが嫌いになったの?」

「そういうわけじゃありませんが……」


 ミクはぎゅっと抱きつく。


「なんか、エリカちゃんは卑怯ひきょうなのです。全然努力していないのに、スポーツ万能ですし、東堂さんにも気に入られています」

「まぁまぁ……院長さんに気に入られているといっても、師弟関係でしょ。恋愛感情はないし。そもそもエリカっちは男に興味がないし」

「それは理解していますが……」


 前方からイブキがやってきた。

 うわさをすれば影がさすというやつだ。


「どうした? 西園寺が怪我したのか?」

「ボールがぶつかったとき、転んで頭を打っちゃいまして」

「吐き気はしないか? どこか痙攣けいれんしているところは?」

「いまは平気です。たんこぶが痛みますが」

「俺もあとで医務室へいく」


 イブキの姿が見えなくなる。

 まったく同じタイミングでため息をついてから、二人はクスクスと笑った。


「私がいうのもアレだけれども……」


 医務室のベッドにミクを座らせる。


「院長さんとの恋愛はご法度はっとだし、報われることはないからな。せいぜい片想いを楽しむくらいにしておけよ。手が届かないものは、どう頑張っても、手が届かないんだ」

「……わかっていますよ」


 ミクはツンと唇を尖らせる。


 アカネは薄く笑ってから、エリカの待つコートへ向かった。

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