第20話 正妻ポジションを気取るなんて

 同じくらいの時刻。


 ジョギングで汗を流すアカネの姿があった。

 きれいなランキングフォームで美しいコースを駆け抜けていく。


 船着き場までくる。

 そこで折り返す。


「ん?」


 神社の近くで足を止める。

 ドンッ! とか、ダンッ! という音が聞こえたのである。


 気のせいかな?

 ジョギングを再開させて少年院のゲートを目指す。


「お〜い、アカネちゃん」


 ツーサイドアップの女の子が手を振ってきた。


「おはようございます。今日も精が出ますね」

「うん、おはよう。ミクっちもね」


 ミクはニワトリ小屋から帰ってくるところらしい。

 抱えているザルには産みたての卵が盛られている。


「顔色がいいね。なにかあったの?」

「えっ⁉︎ そうですかね⁉︎」


 イブキ絡みかな?

 ちょっと詮索せんさくしてみたが、のらりくらりと逃げられた。


「それでは」

「また食堂で」


 いったん部屋に帰ってからシャワー室へ向かう。

 脱衣所のところで入所者の女の子と鉢合はちあわせになる。


「アカネさん、また胸が成長しましたか。やばいっすね。小ぶりのメロンくらいありますよ」

「ひゃ⁉︎」


 いきなりバストを揉まれたので変な声をあげてしまった。


「やったな〜」


 お返しとばかりに揉んでおく。


「いやん……お代官様……お許しくださいませ……」

「おい、色っぽい声を出すなよ」


 クスクスと笑ってから、いつも利用している奥のシャワールームへ向かう。


「バストが大きくなった、か」


 筋肉がついたせいだと思う。

 ジョギングを毎日やっているから、脂肪は増えていないはず。


 ボディソープで上から順に洗っていく。

 すぐに洗い流すつもりが、いつもより念入りにみがいてしまう。


「院長さんのせいかな……なんちゃってね」


 乙女チックなことを妄想してしまい、素っ裸のままデレデレした。


 今日の下着は黒の上下。

 ローテーションだからセクシー路線に目覚めたわけではない。


 金髪にドライヤーをかけて、ポニーテールにする。


 よしっ!

 鏡に映っているのは気合十分の鬼竜アカネだ。


 食堂へやってくると、ほぼ全員がそろっていた。

 数えてみると二名ほど足りない。


 一人は院長のイブキ。

 ここの管理者だから、何時に食べようが自由だし、とやかくいう筋合いはない。


 もう一人はエリカ。


 遅刻か。

 レディース総長だったときのプライドがよみがえってくる。


「あの自己中ガールめ……用意してくれる子も気持ちも知らないで……」


 右の拳を左の手のひらにバシバシと打ちつけたとき、ガラリと扉が開いた。


「おはよう。申し訳ない、時間ギリギリになってしまったな」


 なんとイブキが女を連れている。

 しかもシルバーヘアのハーフ美少女である。


 入所者たちの顔がポカンとなる。

 いや、月城エリカなのだけれども……。


 胸元にリボンがついたブラウスを着ているのだ。

 手首のところがシュッとなっているお上品なやつで、清楚せいそなロングスカートと組み合わせている。


 何食わぬ顔で入ってきたエリカは、さわやかな香りをプンプンさせながら、アカネの横を通り抜けようとした。


「エリカっち……だよね?」

「おはようございます、アカネ殿」

「うん……おはよう」


 その三秒後。


「うわっ⁉︎ 本当にエリカっちだ!」


 驚きのあまり飛び跳ねた。


「いつもエキゾチックな狐面をつけているじゃん。あれ、どうしたの?」

「今日くらいは外すよう、イブキ殿から指導されました」

「巫女服は? お気に入りだよね」

「すべて洗濯中です」


 年齢のわりに大人びているせいか、ファッション雑誌に載っていそうなくらいの美人なのである。


「他に着られる服がこれしかなくて」


 エリカはブラウスの胸元を気にした。

 ヤンデレ島へやってきてからバストが成長したらしい。


「エリカちゃん!」


 横からクレームを入れたのはミク。


「なんで急に色気づいちゃったのですか⁉︎」

「色気づく? 異性に関心を持つ、その結果、化粧けしょうしたり着飾るという意味ですか? 別に色気づいてはおりませんよ。これがナチュラルな私ですから」


 エリカはそういって胸に手を当てた。


「そうですか。正妻ポジションを気取りますか」

「いえ、弟子ポジションです。今日からイブキ殿は尊敬する師匠なのです」

「ほとんど一緒です! しかも服で胸の大きさを強調するなんて!」

「はぁ……ごめんなさい……」


 いくら不満を並べたところで、きれいな白鳥にピーピー文句をつけるスズメでしかない。


「イブキ殿、ご飯を食べましょう」

「月城が俺のとなりに座ってくれるのか?」

「弟子ですから。お飲物をお持ちします。冷たいお茶でよろしいでしょうか」

「ああ、とても助かる」


 夫婦のような会話を繰り広げる二人。

 師弟感情しかないのであるが、周りはそうは見なかった。


「エリカちゃん、許すまじ……」

「こらこら、ポニーテールを引っ張るなって」


 バトルの気配が漂っていた。

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