第19話 イブキ vs 夜明けのオオカミ

 翌朝。

 イブキは海沿いの道を歩いていた。


 ミクのことは許した。

 本人が反省していたからだ。


 そしてもう一人。

 イブキの読みが正しければ、あの場に協力者がいたはず。


 手がかりはある。

 麻縄の結び目である。


 犯人は西園寺ミクじゃありません、と主張しているような、プロフェッショナルな縛り方であった。


 目星はついている。

 これから会話すべく、神社の境内けいだいまだやってきた。


「お〜い、月城! ここにいるのか!」


 返事をするように、シャリン、と鈴の音が降ってくる。


「昨夜、俺をロープで縛りつけたのは月城だな」

「…………」

「西園寺の腕力だと、あそこまで上手に結べないからな」

「……………………」

「一個だけ教えてほしいことがあるのだが、姿を見せてはくれないだろうか」


 エリカは木の枝に座っていた。

 肩にとまっている小鳥が、イブキのことを警戒するように見下ろしている。


「月城は優しい女の子なのか? それとも西園寺のことが好きなのか? あんな結び方をしたら、彼女が単独犯でないということは、すぐにわかる。西園寺を助けようとしたのだろう」


 エリカの口から、


「まったく……あの子ったら……」


 という小言がもれるが、イブキの耳までは届かない。


「おっしゃる通りです。反省しております。それでミク殿は? 独房行きですか?」

「いいや、ペナルティをす気はない。月城についてもな」

「ほう……」


 この男は何者だろうか、とエリカは考える。


 歴代の院長たちとは明らかに違う。

 若くて、強くて、つかみどころがない性格をしている。


 特別なミッションでもびているのか。


 入所者の誰かを監視するとか。

 あるいは保護するとか。


 もしくはヤンデレ島に秘密があるとか。

 元自衛官だから、その可能性は無視できない。


 エリカがあれこれ空想していると、イブキは両腕を広げた。


「俺と手合わせしてみよう。カリキュラムをサボっているから運動不足だろう」

「ご用命とあらば……。どのくらいの実力をご希望でしょうか?」

「俺を討ち取るくらいの気合いでくればいい」

「怪我はしませんか?」

「心配するな」


 優しい人だな、とエリカは思った。

 表裏がなくて、責任感にあふれている。

 だとしたら、全力を出さないのは無作法というもの。


「では……」


 肩の小鳥がハッとする。

 羽ばたいた、その刹那せつな……。


「参ります」


 ダダダダダッ!

 身長の七倍はあろうかという高さから、みきを走るように駆けおりる。


 全身の筋肉をクッションにして着地。

 そのまま移動のベクトルを90度曲げる。


「すごいな」

「どうも」


 エリカは光るものを抜いた。

 飾りのない匕首あいくちであった。


 イブキが半歩さがる。

 顔面ギリギリを光がかすめる。


 次はみぞおちを狙う。

 イブキが横合いからはたいたので、切っ先は空を突いた。


「素早いな」

「……」


 ふいにエリカの体が消える。


 日光。

 かげる。


 三日月のような軌道でイブキの頭上を越える。


 この跳躍ジャンプ力。

 まるでオオカミ。


 狙いとしては悪くないが、重力に身をゆだねたのは軽率だった。


 刃先が届くよりも先にイブキは腕をつかまえた。

 遠心力を利用して、降りてきた木のところまで投げ飛ばした。


 エリカはくるくると回転しながら着地する。

 怒っているのか、悔しがっているのか、形のいい唇を曲げる。


 仕切り直しか。

 両者ともに構えた、そのとき。


 ぎゅるり。

 エリカの腹の虫が鳴ってしまい、緊張の糸がぷつんと切れる。


「空腹です。もう戦えません」

「じゃあ、引き分けということにするか」

「いえ、投げられるとき、武器を取られました。だからお手上げです」


 エリカの手から匕首が消えていたのである。


「ふむ……」


 イブキは奪った得物えものをツンツンしてみる。


「おもちゃのナイフだったのか」


 刃がついていないし、素材だってナイフ鋼材ではない。

 だから触れても血は流れない。


「こんなナイフでも使いようによっては人を切れるぞ」

「まさか……鈍刀なまくらの方がマシです」


 イブキは細い枝を何本か見つけた。


 シュシュシュッと手元を動かす。

 枝がポロポロと落ちる。


 その中の一本を拾ってエリカに渡した。


「本気を出せばこの通りだ」

「おお……美しい切り口ですね」

「どうやったか、教えてほしいか?」


 手品みたいな芸当だったので、エリカはコクコクとうなずく。


「だったら交換条件だ。一匹狼なんかやめて、みんなと一緒に行動しなさい」

「……………………」

「ときどき稽古けいこをつけてあげるから」

「むむむむむ……」


 エリカがタタタタッと走っていった。

 弓と矢筒を手にして戻ってきた。


「我が師を得たり」

「稽古はオマケだからな。本業はカリキュラムだということを忘れるなよ」


 イブキの着任から二日目。


 ヤンデレ島に小さな変化が起こった。

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