第17話 プロのような手際の良さ

 そして20分後。


「あろうことか、アカネちゃんが肝試きもだめしをやろうと言い出したのです」


 いったんトークが盛り上がると、ミクの舌は輪転機りんてんきのように回りまくった。


「先に出発したペアが神社から帰ってきました。息を切らして、真っ青になっています。何があったのかたずねると、白い幽霊から逃げてきたというのです!」


 身ぶり手ぶりのジェスチャーを交える。


「ミクは生きた心地がしませんでした。ですが、アカネちゃんは怖いもの知らずですから、タイマンで倒してやる! 幽霊を生け捕りにしてやる! と意気込んでおりまして……」


 そして対決シーン。

 アカネが木刀で打ちかかるも、幽霊はひらり、ひらりと器用にかわす。


『おい! 幽霊! お前の正体は何者だ!』

『そなたの心の闇……あるいは罪のペルソナ……』

『その声⁉︎ まさかお前は⁉︎』


 雲が流れる。

 月が出てくる。

 幽霊と思っていたものの正体は……。


「なんとエリカちゃんでした!」


 二人の笑い声が重なった。


「お茶を出してもらって、天体観測してから帰りました。あまりに戻りが遅いので、幽霊に食べられたんじゃないかと、少年院はガクガクブルブルの状態になっていましたが」

「思い出深いエピソードなのだな」

「はい、たくさん笑いました」


 イブキはあくびをみ殺しながら、こめかみの辺りを押さえた。


「……東堂さん?」


 頭がふわふわする。

 視界が揺れるし、ミクの声が遠くに聞こえる。


「……東堂さん?」


 体がやけに重い。

 重力が倍加したみたいだ。


「……もしもし、東堂さん?」


 ちょっと眠ろう。

 10分もすれば回復するはず。


「すまない、西園寺……」


 少し休ませてくれ。

 最後まで伝えきれずに意識を手放してしまう。


「……あれ?」


 残されたミクはキョトン顔になる。

 イブキが半眼のまま寝落ちしている。


「冗談ですよね?」


 肩をトントンしてみるも反応がない。


「……あれ? あれ? あれ?」


 おかしいな。

 ドリンクに睡眠効果はなかったはず。


「東堂さん……本当に寝ちゃったのですか?」


 厚ぼったい唇を見つめる。

 少しだけ触れてみようと手を伸ばしたとき、背後からシャリンと鈴の音がする。


「きゃ⁉︎」


 巫女服の女の子が立っていた。

 狐面を外すと、ガラス玉のような瞳がにらんできた。


「エリカちゃん⁉︎ どうして⁉︎」

「私の名前が聞こえましたので。いささか気になりまして」


 エリカは部屋をぐるりと一周する。


「イブキ殿が寝ている……」


 茶色い小ビンを手にとり、鼻をクンクンさせてから、一滴だけ舌でめとる。


「これはミク殿が調合したお薬ですか?」

「そうです。グリモワールを参考にしてつくったれ薬です」

「ほう……グリモワール……」


 ニセ情報を信じるところがミクらしいな、エリカは思う。


「これは惚れ薬ではありません。睡眠薬です」

「なんと⁉︎」


 ミクの口から頓狂とんきょうな声があがる。


「惚れ薬には魔草マンドラゴラが必須……。ゆえに、この世に出回っている惚れ薬の99.99%はニセモノ……。賢さのパラメータが足りなかったようですね」

「そうですか……そうですか……高嶺たかねの花でしたか」


 ちょっとキツく言いすぎたかな?

 根が優しいエリカはアンニュイな顔つきのまま眉尻をさげる。


「やってしまったことは悔やんでも仕方ありません。善後策を考えましょう」


 エリカはたなとクローゼットをあさった。

 麻縄あさなわ

 ハサミ。

 ハンカチ。

 それと備品のビデオカメラを取り出した。


 イブキのスラックスからベルトを抜き取る。

 下半身をボクサーパンツ一枚にすると、ハンカチで目隠ししてから、椅子にぐるぐると縛りつける。


「何をやっているのですか⁉︎」


 プロのような手際の良さにミクは驚く。


「なんとたくましきハムストリングの持ち主……英雄神ヘラクレスではありませんか……まともに蹴りを食らうと骨が何本かやられますね」


 エリカが触ったり揉んだりしたので、ミクは物欲しそうな顔になる。


「いいですか、ミク殿」

「なんでしょうか、エリカ殿」

「教官に睡眠薬を飲ませた……。これはセンセーショナルな話題ですから、外部に知られたらスキャンダルになるのは必定ひつじょう……。国家反逆の罪に問われて、ミク殿は死ぬまで牢屋につながれます」

「ひえぇぇぇぇ⁉︎」


 ミクは恐怖で震え上がってしまう。


「ゆえに口封じをするしかありません……。10代の女子が男性を制圧できる手段は一つだけです。このビデオカメラを起動させて……」

「まさか⁉︎ まさか⁉︎ まさか⁉︎」


 エリカは右手のハサミをチョキチョキさせる。


「一心同体」

「それってもしかして⁉︎」

「子どもをさずかるための儀式」

「いやんっ! 真顔でいうなんて……はぁはぁはぁ……」


 絶対にダメです!

 エリカが巫女服を脱ぎかけたので、ミクは慌ててストップさせる。


「どうして止めるのです?」

「エリカちゃんは神様にお仕えする身です! そんなことをやったら神聖なる力が失われてしまいます!」

「しかし、ヤンデレ少年院を守るためには、この身をけがすしか道は残されていません」

「ミクが一人でやります! お願いですからミクにやらせてください!」

「ミク殿……」


 本気かしら、とエリカは首をかしげる。

 心根こころねを疑うわけではないけれども、ミクがプレッシャーに弱いのは知っている。


「知識は足りていますか? 必要ならば紙とペンでレクチャーしますが?」

「いえ、問題ありません。保健のテストだけは満点なので」

「ふむ……わかりました」


 はだけた胸元を直した。


「私は何も見ていない。私は何も聞いていない」


 狐面をつけてから、ミクの頭をナデナデした。


「危ないと思ったら呼びにきてください。ミク殿の体は未成熟ですから、無理しちゃダメですよ」


 銀髪をなびかせながら去っていった。

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