第15話 東堂さんの正体はきっと

 ゲーム終了後。

 イブキの胸元からピリリリリッと電子音があがった。


「すまない、本土から着信だ。少し外させてくれ」


 待っているあいだ、ヤンデレ人生ゲームを片づけておく。


「さっきの勝負、昼ドラ並みにドロドロしたな〜」

「ですね〜」


 車からピンを引っこ抜く。

 盤面からルーレットを外す。


「ミクっちが急に泣くから」

「メンヘラ歴=年齢ですから」

「もはやラスボスじゃねえかよ」


 カードを一個にまとめる。

 輪ゴムでとめようとして、パチンと手を痛めてしまう。


「おもちゃのお金を扇子せんすみたいに広げると、リッチになった気分が味わえます」

「誰でも一度はやってみるよね。あと銀行員さんみたいに速く数えると格好いいよね」

「ニ、シ、ロ、ハ……50万円はあります! みんなで旅行にいけます!」

「でも、島から出るのが無理だから。それは諦めるんだな」

「むぅ〜」


 アカネは扉の方をチラチラ気にしてから、頬をわずかに赤くした。


「ねえねえ、院長さんって何者なんだろうね」

「東堂イブキさんです!」

「それは知っている」


 ミクのツーサイドアップをびょ〜んと引っ張る。


「何か隠していそう」

「東堂さんの正体はスパイなのです」

「スパイ? この島に秘密があるってこと?」

「そうです。ここには旧日本軍の埋蔵金が隠されているのです。女子少年院が建てられたのは、発掘作業をカモフラージュするための口実なのです」


 ミクが楽しそうに肩を揺らす。


「ロマンチックだな」

「じゃあ、アカネちゃんは何だと思うのです?」

「この推理には自信があるのだけれども……」


 アカネはぴしっと指を立てた。


「入所者のフィアンセだな」

「……へっ?」

「だから入所者の中に婚約者がいるんだよ」

「……ほぅ……その心は?」

「謎かけじゃないよ。ちゃんと真剣に考えてみたんだ」


 アカネからイブキに求婚してみた。

 なのに一瞬でフラれた。


「フィアンセがいる証だね。婚約者に会うため、わざわざ教官になってヤンデレ島へ赴任してきたんだ」

「なるほど、なるほど」


 ミクは笑いをこらえるのに必死である。


 アカネちゃん!

 元ヤンキーのくせにロマンチックなのです!


 自力で笑いを殺せなくなり、クマさんぬいぐるみに顔をうずめる。


「そう考えると、メチャいい男だよな。ああいう彼氏がほしいな」

「でもアカネちゃんがフラれた理由は、アカネちゃんが東堂さんのタイプじゃなかった可能性もあります」

「むぅ〜」


 アカネはかわいい唇をとがらせながら金髪をいじくる。


「東堂さんはやり手のスパイなのです」

「いやいや、入所者のフィアンセだって」

「いいえ、秘密組織のエージェントなのです」

「違うね、恋のエキスパートだね」


 背後からぬっと首が伸びてきた。


「何か分からないことでもあったのか?」


 イブキだった。


「東堂さん⁉︎ さっきの会話、もしかして聞いていましたか⁉︎」

「まあな。少しだけだが……。安心しろ。ただの元自衛官だ。普通に接してくれたらいい」

「……はい」


 二人は熱くなった顔を手であおぎまくった。


 これじゃ、病気だ。

 アカネもミクのことを笑えない。


 部屋から出ようときたとき、バタバタと足音が近づいてくる。


「見つけました! 院長さん!」


 女の子が一人、廊下の向こうから手を振ってくる。


「鬼竜さんも! 西園寺さんも! 大事件が発生しました!」

「どうした?」

「な……ないのです!」

「落ちつけ。なにか盗まれたのか?」

「今日はカレーの日なのですが、届いた物資の中にルーが入っていないのです!」

「夕食のカレーを用意しようとした。でもルーが見つからない。そういうことか?」

「そうです。カレーを楽しみにしている子も多くて……」

「それは由々ゆゆしき問題だな」


 イブキたちは調理場へと向かった。


 ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、お肉などはそろっている。

 白米だって炊飯器にセットされている。


 ルーだ。

 一番大切な食材がない。


「私がもっと早く気づいていれば……もう肉ジャガに変更するしか道は残されていません」


 そういう少女は泣き崩れそう。


「まだ諦めるには早いぞ」


 イブキはたなをあさった。

 スパイスのビンをいくつか取り出した。


 冷蔵庫もチェックする。

 ニンニクとショウガを見つける。


「これだけあれば十分だ」


 腕時計を外してから手を消毒する。

 目にもまらぬ包丁さばきでタマネギをみじん切りにする。


 鍋に移してからさっと加熱。

 そこにニンニク、ショウガ、スパイスをぶち込むと、食欲をそそるカレーの匂いが広がる。


「これでベースはできた。自家製カレーだ。ひと口なめてみなさい」


 小皿をつかって試食してみることに。


「おいしい!」

「市販のよりコクがある!」

「本当だ! 院長さんの実家ってレストランですか!」

「いいや、ただの元自衛官だぞ」


 少女たちの笑顔がはじける。


「西園寺、あんまり鍋に近づきすぎると火傷やけどするぞ」

「大丈夫です、ミクの心はすでに火傷していますから」

「……そうか?」


 イブキは顔をしかめる。


「手当てした方がいいか?」

「あの⁉︎ でしたら脈をはかってくれませんか⁉︎」

「別にいいが……包帯の上から首筋を触らさせてもらうぞ」

「はぅ……優しくお願いします」


 ミクの体がビクンッとはねる。


「ちょっとリズムが乱れているが、平常といえるな」

「ありがとうございます。もう良くなりました。急にお腹が空いてきました」


 ミクが幸せそうにニコニコする。


 そんなに夕食が楽しみなのかと、ほほ笑ましく思うイブキであった。

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