第9話 聖なる印とサッカーボール

 リトルタイガー号は少年院へとやってきた。


「少し緊張しますか?」

「それ以上にワクワクするな」

「さすが東堂さんです」


 念のため身なりを整えてみる。

 しかし入り口で待っていたのは眠そうな一匹の白猫だった。


「ニャーオ」


 小さな門番に道をゆずってもらう。


「ここから先がミクたちの基地アジトとなります。所々で解説していきますね」

「よろしく頼むぞ、西園寺先生」

「先生⁉︎」

「教えてもらう人が生徒で、教えてあげる人が先生だ」

「あはは……身に余るお言葉ですね。インテリな伊達だてメガネが欲しくなりました。分かりやすい説明ができるよう頑張ります」


 まずリトルタイガー号が向かったのはセルフ式の給油スタンド。


「忘れないうちに聖水ソーマをチャージしておきます」


 ミクはタンクキャップを外してから、電子リーダーに向かって左手をかざす。


「我が聖印クレストをもって命ずる! 地母星ガイアの恵みを与えたまえ!」


 ピッ! と電子音がしてノズルからガソリンが流れてくる。


「すごいな。その左手が鍵になっているのか」

「はい、入所者の左手にはマイクロチップが埋め込まれています。認証システムにより、限られた人しか利用できません」


 左手を見せてもらったが手術痕しゅじゅつこんらしいものは発見できなかった。


「クレストとか、ガイアとか、ああいう合言葉も必要なのか?」

「あれは⁉︎ その⁉︎」

「戦意を高めるのが狙いか?」

「そうです! 緊張感をもってエネルギー補給するためです!」


 イブキは左手をミクへ向けると、


「我が聖印クレストをもって命ずる。地母星ガイアの恵みを与えたまえ」


 とリピートしてみる。


「どうかな?」

「東堂さんがやると渋くて格好いいです」


 二人の心が交わったような気がして、ミクは鼻血が出そうなほど歓喜する。


「あれはもしや……」


 イブキの目が気になるものを見つけた。


「自販機ですね。ドリンク以外にも、お菓子とか、カップ麺とか、文房具も売っています」

「しかしお金が流通していないのでは? 左手のマイクロチップがお財布なのか?」

百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかずなのです」


 ミクは自販機のところまでダッシュして、左手を電子リーダーにかざした。


「我が聖印クレストをもって命ずる! よく冷えたポーションを与えたまえ!」


 人数分のドリンクを抱えてトコトコと帰ってくる。


「お近づきの印です。一本受け取ってください」

「しかし、教官が女の子からモノをもらうわけには……」

「いまはミクが先生ですよ。先生のいうことは絶対なのです」

「やれやれ。西園寺にはかなわないな。いつかお返しはさせてもらうぞ」


 ミクは天使のように笑った。


 続いてリトルタイガー号は倉庫へ向かう。

 本土から送られてきた物資を下ろして、食料は大型コンテナへ、燃料は専用ロッカーへ入れておく。


「リトルタイガー号とはここでお別れです」


 敷地を歩いているとき、女の子の喚声かんせいが聞こえてきた。

『いっけぇ!』

『誰か止めて!』

『抜かせるな!』

 とエキサイトしているのが伝わってきた。


 ミクに案内してもらったグラウンドではサッカーの試合が行われていた。


 スコアは『2-2』。

 延長戦に入っている。


「体育のカリキュラムの一環ですね。トイレ掃除とか、お菓子とか、けに利用している子もいます」

「みんな楽しそうだな。どちらも応援したくなる」


 ここでちょっとした事件が起こる。

 クリアボールがグラウンドから飛び出して、イブキの方へ転がってきたのである。


「すみませ〜ん! ボールを取ってください!」


 女の子が手を振ったので、イブキは助走をつけてからキックする。


「あっ……しまった……」


 右足に触れたボールは、はるか上空へと舞い上がったあと、追い風を受けてぐんぐん伸びていった。


 ブーメランのように曲がりながら、いきなり急降下。

 ワンバウンドしてからゴールネットに突き刺さってしまった。


 時が止まったようになる。

 審判役の子がレフェリーフラッグを落とす。


 その場にへたり込んだのはゴールキーパー。

 ありえない位置からのロングシュートに腰を抜かしている。


「やったぁ!」

「逆転した!」

「いや、無効でしょ!」


 女の子がコート中央に集まってきて、ハイタッチしたり、抗議したり、お祭りのように盛り上がった。


「お〜い! お兄さ〜ん!」

「すまん。勝負に水を差してしまった」

「狙っていないのに点を取るなんて強すぎるよ。今度私にサッカーを教えてよ」


 少女とタッチを交わす。

 弱りきっているイブキとは対照的に、ミクはとても誇らしそう。


「東堂さん、最高のデビューですね」

「これも怪我けが功名こうみょうというやつかな」


 変なところで運をつかってしまった。

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