第7話 キュン死と神シチュエーション

 チチチッ、チチチチッ……。


 きれいな鳥のさえずりが聞こえる。

 その歌声に気づいたイブキは、左15度、35m先、二羽いるな、と持ち前のセンサーを発動させた。


 ミクは浮き立つような足取りで小道を進んでいく。

 イブキの役に立てることが嬉しくて仕方のない様子であった。


「この先に世界樹ユグドラシルはあります」

「とても自然に恵まれているな。休日はピクニックに来ることもあるのか?」

「ええ、ありますよ。レクリエーションは自分たちで計画するのが習慣になっています」

「おもしろそうだ。迷惑でなければ俺も混ぜてほしいな」


 思いがけない提案だったので、ミクの瞳がキラリと光った。


「ええ、いきましょう、ピクニック」

「いいのか? 俺がいたら邪魔じゃまにならないか?」

「そんなことはありません。当番の人がお弁当をつくるのです。今日はおいしいとか、このお料理は失敗作だとか、みんなで評価しあうのです。ですから……いつの日か……」


 私がつくったお弁当も東堂さんに召し上がってほしいです!

 恥ずかしすぎて最後までいえないミクであった。


「とても楽しみにしている」

「はい、みんなも喜ぶと思います」

「いや、西園寺がつくったお弁当もそのうち食べられるのかな、と思ってな」

「あわわわわわっ⁉︎」


 ミクは心臓が飛び出そうなほどびっくりする。


「ちなみに東堂さんの苦手なモノはありますか?」

「ないな。栄養があったら何でも食うぞ」

「でしたら好きなモノは?」

「そうだな……」


 とりササミとか、魚の切り身とか。

 あとはホウレン草やブロッコリーみたいな色が濃い野菜とか。


「健康にいいモノが好きだ」

「なんと⁉︎ ブロッコリー星人⁉︎」

「ん? 西園寺はブロッコリーが苦手なのか?」

「ええと……ヴィジュアル的に……いささか抵抗があります」

「そうか? かわいい見た目だと思うのだが……」


 ミクの顔つきがギョッとなる。


 これは由々ゆゆしき事態である。

 もしイブキから、


『西園寺もブロッコリーを食べるといいぞ』


 と迫られたら口にしないわけにはいかない。


 ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!

 想像しただけでブロッコリー星人の赤ちゃんを妊娠にんしんしそう。


「おい、西園寺! 危ない!」

「あわわわわわっ⁉︎ すみません!」


 イブキがえり首をつかんでくれなかったら、木に頭突ずつきを食らわせる場面だった。


「考えごとをしていたのか?」

「申し訳ありません。ミクの良くない癖なのです」

「いや、謝るようなことじゃない。しかし、危なっかしくて目が離せないな」


 ミクの胸がドクンドクンと歓喜する。


 飛んでくる弓矢から守ってくれた時もそうだ。

 迷うことなくミクの盾になってくれた。


『西園寺、伏せろ!』

『怪我はないか?』


 あの手のセリフは漫画やアニメでしか知らない。

 女の子なら誰しも憧れてしまう神シチュエーションなのである。


「あれがヤンデレ島のユグドラシルなのです」


 ミクは青々としげった巨木を指さした。


「おお、樹齢じゅれい500年はありそうなクスノキだな。なかなか男前じゃないか」


 イブキは樹皮にペタペタと触れてみる。


「いま何といいました⁉︎」

「樹齢500年はありそうなクスノキだ」

「これはクスノキなのですか⁉︎ 唯一ゆいいつ無二むにのユグドラシルではないのですか⁉︎」

「誰に吹き込まれたのか知らんが……正真しょうしん正銘しょうめいクスノキだ」

「そんな⁉︎」


 ミクの体が雷に打たれたみたいに震える。


「…………」


 話を合わせるべきだったかな?


 少女の夢を破ってしまったことに戸惑いを隠せないイブキであった。

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