第5話 ヤンデレ美少女とケモノ人間

「はぁ……」


 シートベルトを外したとき、ミクはわきのべたつきが気になった。

 緊張しすぎて変な汗をかいちゃったらしい。


「ミクの体は壊れてしまったのでしょうか?」


 風邪かぜをひいた日みたいに頭がぼうっとする。

 質問されていないことまでベラベラ話しちゃうし、恥ずかしい妄想が次から次へと湧いてくる。


 ミクなのにミクじゃないみたい。

 体臭を気にしたことなんて一度もなかったのに。


「ッ……⁉︎」


 これは大ピンチだ。

 なんか臭うな、というセリフを掛けられたら心臓が停止するかもしれない。


「それだけは断固として阻止そししないと……」


 ダッシュボードの上に汗ふきシートを見つけて歓喜した。

 しかし中身が空だったので発狂しそうになる。


「誰ですか……最後の一枚をつかった人は……末代まつだいまで呪うしかありませんね……うふふ……」


 あきらめきれないミクは助手席の前についている小物入れをあさる。

 まだ本人が回収していなければ、お宝が眠っているはず。


「見つけました」


 香水のビンを手にした少女の口元がほころぶ。


「さすがアカネちゃんです。少年院に香水を持ち込むなんて、発想がヤンキーなのです」


 次はサイドミラーで髪の毛の乱れをチェック。

 恋する女の子は忙しい。


「すみません、東堂さん」


 ミクが降りてきたとき、イブキは違和感のようなものを察知した。


 匂いだ。

 シャンプー直後のようなさわやかさがある。

 心なしかミクの表情にも自信がみなぎっている。


 まさか香水なのか?

 しかし島へ運ばれてくる物資は検査されるはず。


 イブキが鼻をクンクンさせると、ミクは爆発しそうなほど赤面した。


「すぐに戻ってきますから! ひとりにさせてください!」


 泣き出しそうな顔で去っていってしまった。


「女の子はああいう生き物なのか? それとも西園寺が特別なのか?」


 やれやれと首を振りながらベンチに腰を下ろす。


 しおの匂いを含んだ風が気持ちいい。

 波音のBGMは天国のプレリュードみたい。


「…………遅いな」


 草むらに転がっている岩を見つけた。

 無性むしょうに持ち上げてみたくなり両手で浮かせてみた。

 目方めかた128kg……いや、129kgはあるか。


 一回り大きい岩も持ち上げてみる。

 こっちは161kgほど。


「手にしっくりくるな。なかなか良い岩っぷりだ。明日あたり回収しにこようか」


 岩の上に岩を重ねて三段タワーにする。

 それをバラす。

 また組み立てる。


 次は四段タワーに挑戦してみる。

 これを完成させるコツは重心を探し当てること。


「よし、できた。モアイ像のヤンデレ島バージョンだ」


 下草を踏む音がしたので振り返ってみた。

 お口をあんぐりと開けたミクが立っており、驚きのあまり身震みぶるいしていた。


「な……な……何をやっているんですか⁉︎ さっき岩を持ち上げていましたよね⁉︎ というかモアイ像を完成させましたか⁉︎」

「ああ、西園寺。もう大丈夫なのか? まだ顔が赤くないか?」

「疲れていたのではなかったのですか⁉︎」

「岩があったから。つい癖でな」

「つい⁉︎」

「驚かせたか? すまん……」

「いえ、良い方のサプライズだったので平気です。あとこれを」


 ミクが水をめたボトルを差し出してくる。


「わざわざ俺のためにんできたのか?」

「この程度のことしかできなくて、申し訳ないくらいです」

「そんなことはない。とても嬉しい」


 イブキはのどを鳴らして豪快に飲んでいく。


「あの……東堂さん」

「どうした?」

「そのですね……笑わないでくださいよ……東堂さんならミクを片腕で持ち上げられますか? それが気になってしまい……」


 イブキは笑うことなく腕をまっすぐ伸ばす。


「つかまってみなさい」

「はい」


 ミクの体が地球の重力に逆らって浮きはじめる。


「重くはないのですか?」

「そんなことはない。西園寺は軽すぎるくらいだ」


 イブキが腕を上げたり下げたりすると、ミクは赤ちゃんみたいにきゃっきゃと笑った。


「西園寺は体の線が細いな。ちゃんと食べているのか心配になる」

「ひゃ⁉︎ ひゃい⁉︎ 今夜からは苦手な野菜も完食するようにします!」

「無理にとはいわない。少しずつ改善していったらいい」


 ベンチに腰を下ろす。

 しばらく無言の時間が流れる。


 イブキは無理にしゃべろうとせず、それがミクには心地よかった。


「東堂さん、もう少し休憩してもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 ミクはうっとりと目を細めた。

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