第4話 ミクちゃんの妄想がすごい

「すごいです!」


 ミクの上半身がメトロノームみたいに揺れた。


「思ったより速いです! 人力で動くなんてびっくり仰天ぎょうてんです! 東堂さんの前世は神様ですか⁉︎ 軍神マルスですか⁉︎ 雷神トールですか⁉︎ これは貴重な体験なのです!」


 ミクから満面の笑みを引き出せたことに、イブキはこの日一番の満足感をおぼえた。


「さっきまでとは別人みたいに明るいな。こっちが本当の西園寺なのか?」

「いやいやいや! ミクなんて陰キャの中の陰キャですよ! キングオブ陰キャです!」

「いんきゃ?」

「根暗なキャラクターという意味です。何を考えているのか理解されませんから。周りからは不気味がられます」


 車体が急に止まった。


「そんなことはない!」

「東堂さん⁉︎」

「あっ! すまない! つい大声を出してしまった。怒っているわけじゃない。むしろ感心してしまった。西園寺の素直さはめられるべきだ。それを伝えたかった」

「えっ⁉︎ ええっ⁉︎」


 ミクの胸がドキドキする。


 感心した。

 褒められるべき。

 大人に認めてもらうのなんて一年ぶりくらいだ。


「誰だって大なり小なり理解されないものだ。俺だってそうだ。山で修行をしてきたが、こんな話は理解されないのが普通だ。でも西園寺は興味を持ってくれた。俺のことをリスペクトしてくれた。とても優しいと思うし、一緒にいて居心地がいいと思う。無理に自信を持てとはいわないが、もう少し胸を張っても良いのではないだろうか」

「あわわわわわっ⁉︎」


 動揺のあまり車体がフラフラした。


「ちょっと手元が怪しくないか?」

「…………」


 返事がない。


「おい、西園寺」


 イブキは運転席をノックして、胸ポケットからキャラメルを取り出した。


「キャラメルは好きか?」

「キャラメル……ですか? 好きといえば好きですが」

「ここに来るフェリーの中で、仲良くなった船員からもらった。二人で半分こしよう」

「いただいちゃって、よろしいのですか?」

駄賃だちんみたいなものだ」


 ミクの頬っぺたがゆるんだ。

 お菓子で喜ぶなんて、やっぱり子どもだなと、イブキは微笑ほほえましく思う。


 再びトラックが動きはじめる。


「西園寺のクマさんぬいぐるみ……」

「はい?」

「かわいいな」

「はい⁉︎」

「とても肌触りが良さそうだ」

「そんな⁉︎」

「リボンの部分が特にキュートだと思うぞ」

「うはっ⁉︎」


 ミクは『クマさんぬいぐるみ』の部分を聞きもらしていた。

 自分のルックスを絶賛ぜっさんされた、とありえない勘違いを起こしてしまう。


「いけません!」


 パニックになり急ブレーキを踏む。


「どうした? 動物でも飛び出してきたか?」

「いえ、目の錯覚さっかくだったようです」

「そうか。安全運転でいいぞ」


 移動を再開するが、かつてないほどフラフラする。


「おい、西園寺」

「ひゃ⁉︎ ひゃい⁉︎」

「やはりハンドル操作が怪しいぞ。スピードを落とした方がいいか?」

「いいえ! 問題ありません! ミクは問題だらけの女子ですが、リトルタイガー号は健全です! このまま続けてください!」

「…………? 西園寺も健全そうだが……」

「ふふ……ふ……ふふふ……」


 イブキはサイドミラーをのぞいた。

 ぬいぐるみを胸に押しつけて、苦しそうにするミクの姿が映っていた。


「少し休める場所はあるか? さっきの登り坂で疲れてしまった」

「それでしたら……」


 前方に屋根つきのベンチが見えた。

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