第3話 腹ぺこリトルタイガー号

 ヤンデレ島で最初に出会ったのは、ワンピース姿が愛らしい、ミクという女の子であった。


「まさか軽トラを運転してきたのは君なのか?」

「その表現は半分正しくて半分間違っています。あれは軽トラではなくリトルタイガー号です。ミク以外のいかなる人間にも従わない聖獣なのです」

「……りとる? ……たいがぁ? ……せいじゅう?」

「運転免許証のことを心配されていますか?」


 ミクは手に握っているかぎを見せてくれた。


 この島はすべて私有地。

 だから免許がなくてもルール違反には当たらないらしい。


「しかし君は入所者なのだろう。模範生だったら軽自動車の運転が許されるとでもいうのか?」

「そうです。院の規則でも定められています。第13条23項、物資の運搬うんぱんなど、特定の用途のために入所者が運転することを許可する。……ちなみに軽自動車ではありません。リトルタイガー号です」

「君はルールに詳しそうだな。時間があるときに施設案内をお願いしたいものだ」


 ミクの顔色がぱあっと輝く。

 イブキと視線がぶつかった途端とたん、本心をさとられまいとするように、クマさんぬいぐるみで口元を隠してしまう。


「まあ……院長さんの頼みとあらば……やぶさかではないですが……」

「もしかして本当に案内してくれるのか?」

「ミクではご不満でしょうか?」

「そんなことはない。非常にありがたい」


 ミクの顔色がさらに輝いた。

 イブキの近くへすり寄ってきて、品定めするように周りを一周する。


「合格です」


 手でOKサインをくれる。


「東堂イブキさん、あなたとなら仲良くなれそうです。ぜひミクと親密な間柄あいだがらになってください」

「もちろんだ。今日から仲間なのだから。みんなが充実した日々を過ごせるよう全身全霊でサポートするつもりだ」

「ありがとうございます。ですが、ミクは男の人が不慣ふなれでして……」


 恥ずかしそうにモジモジする。


「握手していただけますか? 徐々に仲を深めるべきかと思いますので」

「ああ、いいとも」


 手をゴシゴシとぬぐってから、ミクと握手を交わす。


「東堂さんの手、大きくて頼もしいです。テレビでしか見たことがないスポーツ選手と握手している気分です」

「君は大げさだな……ええと……」

「西園寺ミクと申します。教官は苗字みょうじで呼びかける決まりですので、西園寺、と呼び捨てにしてください」

「よし、西園寺、俺を施設のところまで案内してくれ」

「はい、かしこまりました」


 まずは生活物資をトラックの荷台に積む必要がある。


「少々お待ちください。リトルタイガー号の荷台についている昇降機エレベーターを起動させますから」

「いいや、このくらいの荷物、俺の手で持ち上げた方が早い」


 女子が二人がかりで運んでいた物資を、イブキは片手で軽々と持ち上げて、ひょいひょいと荷台に移してしまう。


「どうすれば東堂さんのように強くなれるのですか?」

「女の子から質問されたのは初めてだな。西園寺は強くなりたいのか?」

「もし将来、男の子が生まれた場合、東堂さんのような強い人間に育ってほしいです」

「なるほど。そういうことか」


 イブキは幼少のころを思い出してみた。


 祖父がとにかく厳しい人だった。

 真冬の滝修行なんかは当たり前で、夏休みはずっと山にこもり、特訓に明け暮れる毎日をいられた。


『食う物は自力で見つけてこい!』


 泣きながら山を駆けずり回ったせいで、体から生傷が絶えたことはない。

 ハチには何回も刺されるし、毒ヘビに噛まれたこともある。

 痛みで一睡もできない夜は地獄のようだった。


 生死の境をさまよった回数も一度や二度ではない。


 生きるために強くなる。

 原始的なモチベーションを貫いた結果、脱皮を繰り返して大きくなる甲殻類こうかくるいのように、弱かった自分のからを破りまくった。


「身近なところに目標となる人物を見つけることかな。俺の場合は祖父だった。厳しい人だけれども、親より長い時間を一緒に過ごしたから、人生の師みたいな存在といえる」

「なるほど。もしミクに息子が生まれたら、東堂さんに弟子入りさせます」

「西園寺は気が早いな」

「うふふ」


 そのためには強い遺伝子が必要ですよね。

 東堂さんくらい強い男性となると……。

 あ、ご本人が目の前にいるじゃないですか。


 そんな独り言をイブキの耳がキャッチし損ねたのは痛恨つうこんのエラーといえる。


「では、出発しましょう。助手席に座ってください」

「西園寺がハンドルを握るのか? 俺が運転した方がいいと思うが……」

「そんな! 恐れ多いです! これはミクの義務ですので!」


 いざエンジンをけようとして失敗する。

 ガソリンメーターが底をついているのに気づき、ミクは恥ずかしさと悲しさがない交ぜになった表情をした。


「すみません! ミクの不手際ふてぎわです! リトルタイガー号にエサを与え忘れていました!」


 自分の頭をポカポカと叩きはじめる。


「問題ない。トラックを手で押す訓練には慣れている」

「えっ⁉︎」

「俺が声をかけたらサイドブレーキを解除してくれ」

「ええっ⁉︎」


 トラックの背後へ周り、脚にぐっと力を込めてみた。


「あわわわわわっ⁉︎ 人力なんて! 恐れ多い!」


 ヤンデレ島の冒険がはじまった。

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