ヒナナウロード

とあにくしー

諦めなければ、可能性は1%でも残されている。

 先ほど学校が終わったので、部活にも入っていな俺は、早々に校門を出て今は自宅近くの、最寄り駅に着いた。

 学校からの帰り道、家に帰ってから何を、しようかと考える。

 子供の頃は毎日の様に、ゲームをやっていたのだがな……


 2020年の夏に俺、十辺 シンジはゲームを辞めた。


 俺は高校二年に、なってすぐゲームを引退してしまい、もう二度とコントローラーを握りたくないと、その時は思った。

 全く勝てなくなって、運動も勉強も不得意な俺の唯一の、居場所を失った。

 ゲームは娯楽だが、真剣にやる事で俺にとって、遊びではなくなり、誰にも負けたくないと思う様になっていった。

 だから勝つことが出来なくなるとムシャクシャして辞めた。


 俺は強くはなれず、真面目にやっていたのに結果が出なかった。強くなれない事を気にしすぎた俺はゲームが楽しくなくなって、次第にゲーム画面から遠ざかっていた。

 なぜゲームなんだろな、なぜ強くないと、満足できないんだろうなんて考えていると、後ろから俺に声がかけられた。


「おーいとーべーくーん」


「あれ?羽音さん?バイトの帰りですか?」


「そうだよお~ とべくんは学校の帰りなんだね!何も予定がないなら、私の家に来なさい!」


 きらりーん☆なんて左手を腰に当て、右手を高く掲げて、ピースをして決めポーズをしてる、この年の割には幼い印象がある、大人の女性は俺の近所に住む知り合いだ。


 この人は氷田 羽音さん、俺のお姉さん的存在で、仲良くして貰っている。バイト帰りらしくて、顔には疲労の色が窺える。

 俺の悩み事を、よく聞いてくれたりする。俺の家の、近くに建っているアパートに、住んでいる。


 若い女性が一人暮らしなんて少し心配、俺に出来るのは彼女のバイト先で溜まった鬱憤を解消してあげるために、愚痴を聞いてあげるぐらいなのだが……


「一人は心配だな 何かあったらすぐに駆けつけますからね なんなら毎日ボディーガードしますよ!」


「もう戸部くんは過保護だな~ お姉ちゃんに何かあると困るんだね、この可愛い弟くんは 気をつけておきますよ~」


「その、そう……だけどさ からかわないで……」


「あら?照れちゃって 可愛い……あはは~」


 弟扱いされるのは誇らしい。でも、信頼されている様で嬉しいけども、男としては見られていないのか、複雑な心境だ。


 家について二人で少し休んで、そろそろ涼しくなってきた所に羽音さんが話を振ってきた。


「何かしようかしら? そうだわ、小さい頃にやってたゲーム機思い入れがあったから、実家からつい持ってきちゃった 折角だから一緒に遊んでみよう?」


 ゲームか…… 確かこのゲーム機って俺の生まれる前に発売されたもので、所謂レトロゲームというものだ。

 今のゲームに比べたら、ゲームシステムやグラフィックはショボいもんだが。

 簡単な操作や分かりやすいゲームシステムは良いところ。

 それはさておき、俺ってゲーム引退してるんだけど、その訳を話さないといけないよな?何かみっともない。


「懐かしいですね…… 折角だから遊ばさせて頂きます……」


 真剣にやる訳でもないし、美少女と仲良く対戦ゲームするなんて魅力的な提案を断る理由はあるまい。

 コントローラーを握って胡座をかいて座り、羽音さんと肩をくっつけ合わせて、俺は平静を装おってゲームを始めた。

 俺は真剣になって辞めてしまうぐらいにはゲームが好きなんだ。

 だから引退したといいつつも、心の奥底ではゲームを、やりたいという熱い気持ちがずっと、燻っていた。


 それに仕方ないだろ、こんな女の子に一緒にゲームで遊ぼうなんて言われて、女の子と触れ合う機会がない俺はとても喜んでいる。

 自分の気持ちをあっさりと裏切ったが、長い時間が経てば少しは心境も変わるもの。いつまでもクヨクヨしている奴はいない。

 けれども俺は中途半端だよなって、一人苦笑していると座布団の上で正座して座っている隣の羽音さんから声をかけられてしまう。


「おーいトベくん? どうしたの顔が怖いよぉ」


「ッ……すいません な、何もないです 女の子とゲームするの初めてで緊張していました……」


「そっかそっかー 気を使わなくていいのに、もう笑」


 そうやって雑談をしながら、羽音さんがちゃんと動くか確認などして一通り遊ぶ準備を終えたようだ。

 遊びとはいえ、とても真面目な顔してどれで遊ぼうか真剣にゲームソフトを選んでいる。

 その選んでいる様子は、まるでおもちゃを選んでいる子供のようだった。


「よーし!トベくん? もう始めてもいーい? ソフトはまずコーナル・カンフーっていうアクションゲームでいいかな?主にパンチとキックだけで戦って体力が減ると負けな単純なゲームだけど」


 因みにこのゲームはパンチとキックが基本的な攻撃手段だが、十字キーと組み合わせると簡単な特殊技も出来る事から、このゲームは格闘ゲームの始まりとも言われている。


「じゃあトベくん? 準備はいいかな? ポチっとな」


「羽音さんオッケーです」


 腐ってもゲーマー、悪いけど羽音さんには負けない。


「KO! YOU LOSE あらら~~」


 ほら俺の勝ち、何で負けたか次の試合までに考えといt……あれ?

 予想通り、一瞬で決着が着いた。何故か俺が負けたことで……

 このコーナル・カンフーは、選択肢が少ないので、勝ちパターンも決まっている。なので俺はそのパターンを繰り返す事で、負ける事はほぼ有り得ないはずなんだ。


「トベくん負けちゃったね~ ふふふ……」


「たまたまですよ 俺が負けるなんて有り得ませんもん」


 何度やってもおんなじだよって、聞こえたのは気のせいだろう

 皆お馴染みの落ちものパズルゲーやシューテイングゲームでスコア対決など、一通り戦ってみたけど、全てにおいて負けた。


「あれどうして負けたんだろう? そんな顔をしておるな、少年よ」


「はい、俺は羽音さんには負けないはずだったんですが」


「負けないはずって傷つくぞ、少年よ…… 私は十五年程ゲームを真剣に遊んでいるからね~、負けないのは当たり前よね」


 羽音さんはそういって天井に目を向けて、昔を懐かしむ様に目を細めながら、静かに話してくれた。


「私は小さい頃、君とゲームしていた時ずっと、負けてたよね?

 そして私じゃ対戦相手に、満足出来なくなって、遊んでくれなくなったよね?それが凄く寂しくて、最初はゲームなんてすぐ辞めるだろうって思ったんだけど。君はどんどん、ゲームの世界にのめりこんでいって、その時私の事なんて眼中になかったでしょう?」


「ッ……い、今はこうやってたまに遊びに来たり、休日は買い物に出掛けたり、ご飯を食べにいったりしてますけどね」


「……どうしちゃったの? 私が美味しいご飯を食べにいこうって、誘っても不機嫌な顔をして、用事があるのでって断ってたのに……」


 不味いな、まさかこんな展開になるなんて、羽音さんには余計な心配をかけたくないのに。

 それになんで何年も、俺に隠れてまでゲームに真剣に、取り組んでいたんだ?彼女をそこまで突き動かすモノは何なんだ?

 そして用事があるって断っていたのは、当時の俺にはゲームを上手くなる事しか考えていなかった。

 俺は難しいお年頃で、女の子とどう接していいか分からなくなっていた。多分、恥ずかしかったんだなって今は思う。


「まあ分かるけどね、トベくんが成長していけば私から離れていくのは当然かも知れない。お風呂なんて今は一緒に入れないじゃない?」


「……それは実の姉であっても恥ずかしいですね……」


「ずっと変わらないものなんてないからね それはトベくんも……私も君とおんなじぐらいの年頃、男の子とどう話していいかわからなかったわ、特に好きな相手には……」


 何故か羽音さんは俺の方を横目でチラリと見た。

 表情は普段と比べ、とても大人びていて、不意にドキリとした。


「何があったのか、そろそろ話す気にはなった?トベくんはゲームを辞めたんじゃないの?トベくんがゲームをやらない姿なんて想像出来ないけれども……」


「そりゃあバレてますよね、羽音さんは俺のお姉ちゃんの様な存在だし、それに俺がやってきた事なんてゲームしかなかったから……」


「どうして、辞めてしまったの……?あんなに大好きなゲームを」


「大好きだったからなんです。好きだったから本気で、誰にも負けたくなくて、遊びではゲームが出来なかった 勉強や運動が嫌いだったから、俺はゲームにしか生き甲斐を見つける事が出来なかった」


「そ、そっか……じゃあ私とさもっかい最初からやり直そうよ

 二人でなら上手くなれるよ、いいや私とあなたなら何処までだって駆け抜けれる わ、私は今までずっととべくんの事を……」


「は、羽音さんに何が、何が分かるんだ!それにもうゲームはやりたくないんだ 最近ゲームをしていると辛いんだよ! 周りの同級生は皆勉強やスポーツに一生懸命に取り組んでいて、僕はどんどん置いてかれていって……」


「ッ……諦めちゃうの?諦めると全部終わってしまうのよ……」


「だ、だって……努力してるのに結果が出ないのは辛いんだよ!」


「じゃあ私はどうなるの?あなたに振り向いて貰おうと、頑張ってきた私はどうなるの?あなたの背中を、追いかけていた……ッ 

 わ、私はどう、なるのよ……」


 羽音さんの目から涙が溢れてくる。


「さあ、コントローラーを握って諦めない限り、可能性だけなら残されているわ さあ、立ち上がって!私あなたの事……でも好きな事を諦めちゃった男の子なんて……ッ大嫌いよ!」


 俺はゆっくりと手を伸ばし、しっかりとコントローラーを受け取って、スタートボタンを押した。

 今やっていたのは社会現象にもなった2D対戦格闘ゲーム。

 画面には 「NEW RIVAL」 と表示されている。

こんなに、頑張ってきた人を見捨てるなんて出来なかった。


「俺も好きな人が泣いてる姿なんて大嫌いだよ 二人で限界を超えて、何処までも行こう」
















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