第3話初心者冒険者になるための制限

 数年ぶり自由を得た。

 オレは一介の駆け出し冒険者として、久しぶりの旅に出る。


 最初の目的地は、北の辺境の村。

 高ランカーの冒険者の親友から託された遺品の手紙を、彼の家族に渡す旅だ。


 久しぶりの旅は順調だった。


「すまないが、冒険者になりたい。どうすればいい?」


 途中の小さな町の冒険者ギルドで、新規の冒険者と再登録。

 初心者であるランクFの証明タグを貰う。


「名前はザガン。苗字はない」


 ちなみに登録名は前と同じ“ザガン”にした。

 大陸ではよくある名前なので、特に怪しまれることはない。


 それに高ランカー時代のオレは、常に仮面を付けて人前に出ていた。

 だから素顔の今の方が、バレる可能性が低いのだ。


 道中で荷馬車の護衛任務をしながら、ひたすら北の街道を進んできた。


 ――――そして目的の地域に到着する。


「さて、あの山を越えた先か。スクルドの村は」


 親友の故郷の村の名はスクルド。

 教えてもらったのは地方と、村の名前だけ。

 あとは見つけた集落で聞き込みをしていけば、いつかは見つかるだろう。


 街道から深い山の中に入っていく。


「獣道の移動か。久しぶりだが、やはり楽しいな」


 高ランカーは基本的に、大都市での暮らしが義務となる。

 移動も常に王国が用意した馬車。

 楽ではあるが、冒険者としての自由は皆無。


 だから昔のように獣の道を進むだけでも、心が踊るのだ。


「よし、勘を取り戻してきたぞ。“少し”速度を上げるか!」


 獣道を駆ける速度を、徐々に上げていく。

 もちろん周囲への索敵は怠らない。

 危険な魔物や魔獣に、いつでも対応できるようにしておく。


「あっ、そうだ。今のオレは初心者冒険者だったな。能力も切っておこう」


 基本的にオレは多くの加護と特殊スキルを、常時発動してある。

 だが初心者冒険者はそんな特殊な力はない。

 全てのスキルと加護をオフ状態にする。


「よし、いい感じだ。昔のように五感が研ぎ澄まされていくぞ」


 加護とスキルがなければ、頼れるのは自分の五感だけ。

 木々が生い茂る山の中を、集中しながら駆けていく。


「そうだ。スキルを使う時も、最低のレベル1で発動するようにしよう」


 基本的に冒険者のスキルは最低がレベル1で、最高値がレベル100。

 オレは多くのスキルが高レベル状態。


 だが今は駆け出しの初心者冒険者。

 スキルを使う時も、最低のレベル1にすることにした。


「ふむ。いい感じだな。まるで若い時に戻ったような、高揚感が出てきたぞ」


 高ランカーになってから、忘れかけていた危うい感覚。

 常に危険や死と、背中合わせしているような緊張感。


 冒険者としての基本が、新たに磨かれていく気持ちよさだ。


「よし、更に速度を上げていくか!」


 感覚が慣れてきた。

 更に高速移動で獣道を駆けていく。


 前方から木々が、落下物のように迫ってくる。

 それを鍛錬の要領で、寸前で回避。移動と訓練を同時にしていく。


 お蔭でかなりのハイペースで進むことが出来た。

 目的の地域までは、あと少しだろうか。


 ――――そんな時った。


「ん……この声は?」


 進行方向から、“声”が聞こえてきた。

 獣の鳴き声ではない。知性ある生物の言葉だ。


「これは、人族の悲鳴か」


 瞬時に解析して、その方向に足を進める。

 加護とスキルがオフ状態の今、目視しないと状況がつかめない。

 とりあえず現場に向かうことにしたのだ。


「ん? あそこか?」


 目的の場所にたどり着く。

 気配を消し茂みに身を隠し、状況を確認する。


「あれは女性……少女か」


 助けを求めていたのは、一人の少女であった。

 長い金髪で歳は十五歳くらい。弓矢と短剣で武装している。


「猪の魔獣……《岩猪ロック・ボア》か、あれは」


 巨大な猪の魔獣に襲われて、金髪の少女は窮地に陥っていた。

岩猪ロック・ボア》は毛皮と表皮が固く、かなり厄介な魔獣。


 状況的に、普通の狩りに出た少女が偶然、《岩猪ロック・ボア》に遭遇したのだろう。

 少女の装備では、《岩猪ロック・ボア》は倒せそうにない。


 逆に興奮した魔獣に、少女は恐れ危機に陥っているのだ。


「さて、どうしたものか……」


 今のオレは駆け出しの冒険者。

 こんな時、初心者冒険者ならどうするか考える。


「ああ、そうだったな。“助ける”に決まっているな!」


 こうして見知らぬ少女を助けるために、オレは茂みから駆け出していくのだった。

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