第2話転機

 翌日なる。

 今日はランク戦がない休日。

 メイドのキサラも休み。


「99,999回! 10万回! ふう……休憩にするか」


 屋敷にある鍛錬場、オレは一人で鍛錬に励んでいた。

 こうして身体を動かすのは嫌いではない。


「――――ん? そこにいるのは、誰だ?」


 鍛錬場の片隅に、微かな気配を感知。

 そちらに剣先を向ける。


 姿は見えなく気配も皆無。

 だが明らかに、誰かがいるのだ。


「……ほっほっほ……どうして分かったのじゃ? この【完全隠蔽エクス・サイレント】の術で、気配はおろか、存在自体を消していたのじゃが?」


 乾いた笑い声と共に、姿を現したのは一人の老婆。

 格好から魔術師の類なのであろう。


「勘だ。外れたら、また稽古を続けるつもりだった」


「なんと、勘じゃと⁉ そのような曖昧なモノで【完全隠蔽エクス・サイレント】を看破したのか⁉ ほっほっほ……さすが《表》の世界1位の強者じゃのう」


 自分の術が破られてもなお、老婆は嬉しそうに高笑い上げる。

 かなりの変わり者なのであろう。


「それで何用だ? まさか遊びに来た訳であるまい?」


「そうじゃのう。今日は“これを”オヌシにプレゼントしにきたのじゃ」


「プレゼントだと?」


 老婆が床に置いたのは、一体の小さな人形。

 術式が練り込まていることから、魔道人形なのだろう。


「何が目的だ?」


「ふぉっふぉっふぉっ。それはワシも分からん。昨夜、急に“天啓”があったのじゃ。『王都にいる武王ザガンという者に、これを渡せ』という有り難い言葉がのう!」


「神からの天啓だと?」


 にわかに信じがたい話だ。


 だが老婆は“嘘を言っていない”――――これは間違いない。


「ほほう? 《真偽破り》の加護があるのか、お主は? たいしたものじゃのう。それなら話は早い。それでは、この《身代わり複写コピー人形》は確かに渡したぞ。使い方は“鼻を押す”だけじゃ。さらばじゃ!」


 ブォン!


 そう一方的に言い残し、老婆は姿を消す。

 特殊な離脱魔法なのであろう。

 初めて見るタイプだが、たいした腕の老婆だ。


「ふう……周囲は……特に異常はないな。人形も……危険は無しか」


 索敵系のスキルで周囲と、人形を確認。

 人形を手に取って、念のために確認する。


「使う時は『鼻を押せ』か。さて、押してみるか」


 危険がないことは確認済み。

 興味本位で人形を起動してみる。


 さて、どんな動きをするのだ。


 ――――だが直後、予想を大きく上回ることが起きる。


 シューーーン、ピコン!


 人形は“一人の男”に変化した。

 しかも自分が知っている存在だ。


「ほほう? これは“オレ自身”か?」


 鑑定のスキルで調べて、全てを理解する。

 人形が“ザガン”という存在になったのだ。


 目の前にいるのは自分を全く顔と、体格の男。

 しかも着ている服をまで同じだ。


 面白い、こうきたか。

 さて、中身も確認してみるとするか


「お前は誰だ?」

『オレはザガン。お前のコピー体だ』


 なるほど。

 本人にはちゃんと、自我があるのか。

 しかもコピー人形としての自覚もあった。


 さて、次は性能テストをしてみよう。


「剣は使えるか?」

『ああ、お前と同じ程度にはな』


 鍛錬場にあった真剣を手渡す。

 自分もまったく同じ剣を手にする。


 互いの武装は全く同じ。

 さて、これで立ち会ったら、どういう結果になるのか?

 かなり面白いそうだ。


「いくぞ! 【龍神乱舞】!」


 世界でオレしか発動できない、剣術の奥義を発動。


「いくぞ! 【龍神乱舞】!」


 コピー人形は同じ奥義を、同時に発動してきた。


 ザッシャーーーーン!


 完全な相打ち。

 互いの奥義が相殺され、鍛錬場の地面が衝撃で吹き飛ぶ。


「ほほう、これは凄い! なるほど。中身と実力も、全く同じなのか。お前に真似できないことはないのか?」


『オレはお前自身。真似できないことは無い。今までの記憶も全てある』


 つまり完全にオレの分身体ということか。

 これはとんでもない魔道人形だな。


『だが一つだけ“違うところ”がある。オレの方は“普通の冒険”も嫌いではないが、ランク戦の方を好む性格だ』


「なんだと? オレと逆ということか? どうしてだ?」


『分からないのか。それはがお前の願望だったからだ』


 なるほど、そういうことか。

 先ほど無意識的に自分の願望を想いながら、オレはこいつの鼻を押していたのか。

 ……『普通の冒険”をできる身になりない!』という想いが、こうして形となったのだ。


「これも全て、あの老婆が仕組んだことか?」

『いや、違うだろう。あの老婆はあくまでも、魔道人形の製作者に過ぎない。ここに導いたのは、もっと異次元の存在だろう』

「ああ、たしかに、そうだな」


 自分の分身体との会話は、奇妙なもの。

 だが意見をまとめるには、効率は悪くはない。


「それではこれからのオレの行動は、読めるか?」

『もちろん。“普通の冒険者”になるのだろう? “こっちの方”はオレに任せておけ。完璧にやっておく』

「そうか。それは助かる。それじゃ行ってくる」


 全く同じ能力と容姿の者が、自分の代わりにランク戦を維持してくれる。

 最高の身代わりが出現してくれたのだ。

 これで気兼ねなく、自分の夢が叶えられる。


「さて準備をするか」


 倉庫に行って、旅の準備をする。

 なるべく普通の長剣と鎧を探して、装備していく。

 あと冒険者として道具も、最低限の物だけ詰め込む。


『そんな貧弱な装備でいいのか? 最高位の武具は持っていかないのか?』


「今回は初心者のつもりで、冒険を再開するからな。この辺が妥当なのさ。そうだな……能力も制限しておくか……【能力極限封印エクス・リミッターオン】!」


 特殊な魔法を発動。

 対象者の全ての能力を、“99%”封じ込めてしまう秘術だ。


 これによって武王としての全能力は、1%しか発揮できない。

 駆け出し冒険者を演じるには、ちょうど良い制限だろう。


『徹底しているな。せいぜい楽しんでこい』


「ああ、それでは任せたぞ」


 コピー体とハイタッチして、別れを告げる。

 そのまま誰にも見つからないように、オレは裏口から屋敷を抜け出していく。


「さて、どこに向かう? ああ、そうだ。この手紙を、渡しにいこう」


 懐にあった一枚の手紙のことを、思い出す。

 これは高ランカーの冒険者で、唯一の友だった者の遺書。


 辺境の故郷に住む彼の家族に、いつかこの手紙を渡してくれ、と友に頼まれていたのだ。


「手紙の村の場所は……そこそこ遠いな。最初の依頼にしては、いい運動になるな」


 こうして全ての地位と名誉、神武具と莫大な財産を捨て、世界最高位の力も99%封印。


 ザガンという一人の駆け出し冒険者として、オレは人生を再スタートするのであった。

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