世界ランク1位の冒険者、初心者パーティーに紛れ込み、辺境で第二の人生を満喫する

ハーーナ殿下@コミカライズ連載中

第1話窮屈な世界1位の日々

 この世界には《天神てんしん》が啓示する《冒険者ランキング》が存在する。


 世界中にいる十万人以上いる冒険者を、最下層の“Fランク”から、最高位の“Sランク”まで七段階に分類。


 特に最高位のSランクは細かく順位づけされている。

《ランクS1位》から《ランクS20位》までの二十人の冒険者は、神の領域ともされていた。


 そんな中でこの二年間、常に《ランクS1位》に君臨している青年がいた。

 彼の名はザガン。

《武王》と呼ばれる大陸最強の冒険者である。


 そんなザガンは今、疲れ果てていた。


 冒険による疲労ではない。

 理由はランク戦。AランクとSランクの上位者の義務である《ランク戦》、その殺伐としたシステムに辟易へきえきしていたのだ。


 今日もSランク3位の《邪眼のマリアンヌ》を圧倒的な力で退けて、王都の屋敷でため息をついていた。


 ◇


「ふう……ランク戦か。どうにか廃止できないのか」


 自室で酒を飲みながら、オレは思わずため息をつく。

 室内に控えていたメイドが、声をかけてくる。


「失礼ながら、ザガン様。《ランク戦》は天神様から与えられた栄誉であり、高ランカーの義務であります。廃止など出来ませんと、私は思いますが」


 少し辛口なメイドのキサラに、言われるまでもない。


 冒険者ギルドに最初に登録する時、誰もが天神に制約と契約を交わす。

 その中の一つに《高ランカーのランク戦の出場の義務》があるのだ。

 だから決して破ることは出来ないのだ。


「もしかしてザガン様はランク戦を、お嫌いですか? 戦っている時は、あれほど嬉しそうな笑みを浮かべて、相手を叩き斬っていますが、いつも?」


「どちらかといえば嫌いではない。強者との戦いは、心が躍るからな」


 ランク戦では大陸最高峰の冒険者たちを、ガチで戦うことが出来る至高の場。

 戦闘狂でもあるオレは、ランク戦自体は嫌いではない。


「では、どうしてですか、ザガン様?」


「オレは戦闘よりも、“普通の冒険”の方が好きなんだ」


「“普通の冒険”……ですか?」


「ああ。未知なる迷宮を探索したり、薬草を採取したり、困っている村人を助ける……そういった“普通の冒険”のことだ」


「さすがザガン様、冗談がお上手ですね。仮に本気だとしても、最高位のランクS1位のザガン様では、残念ながらそのような依頼は、もはや受けられません」


「ああ、そうだな。どうして、こんな不自由な身になったんだろうな、オレは」


 オレも若い時……十歳で登録した頃は、普通の冒険者だった。

 辺境の村を飛び出して、一番近い街のギルドで冒険者としての日々。


 色んな仲間たちとパーティーを組み、多くの依頼をこなしてきた。

 本当に多くの冒険をこなしてき十数年間だった。


 だが二十歳前半を過ぎ、気がつくとオレは《武王》と呼ばれる高ランカーになっていた。

 昔の仲間たちは次々と引退して、自分だけが孤独なランク戦に明け暮れていたのだ。


「高ランカーの冒険者か……」


 出来ればオレも、高ランカー冒険者など辞めたい。

 一介の剣士としてどこかの知らない村で、普通の冒険者と生きていきたいのだ。


「お言葉ですが、それは困ります。ザガン様が高ランカーの冒険者を辞めたら、世界はどうなると思いますか? 先日の“狂い古代竜エンシェント・ドラゴン”の討伐戦でも、ザガン様がいなければ、間違いなく王国は滅んでいました」


「ああ、そうだな。大陸と国の危機への対応は、高ランカーの義務だからな……」


 高ランカーの冒険者を引退できない理由に、現在の大陸の危機の多さがあった。

 客観的に見てオレがいないと、王国は邪悪な存在によって、三度ほど滅亡している。

 だから辞められないのだ。


「ふう……。誰かオレの代わりに、《ランクS1位》の任務を全うしてくれたら、気兼ねなく自由な暮らしを出来んだがな」


「ふっふっふ……またまた冗談が上手でね、ザガン様。あら? それでは定時なので、私は失礼させていただきます」


 メイドのキサラは変わった女だ。

 定時なると必ず帰宅する。


 理由は彼女も高ランカーの一人。

 オレとは違う部門――――“隠密暗殺者”の高ランカーなのだ。


 訳あって今はメイドで雇っている。

 だが本来はこんな場所で、働いていい存在ではないのだ。


 キサラが帰宅して、広い屋敷に一人きりになる。


「ふう……それにしても“普通の冒険”ができる身に、なりないな」


 一人になったところで、もう一度、自分の今の夢を口にする。

 叶わないことは十分に承知していたが、口にせずにはいられないのだ。


 ――――だが翌日、意外な形で、願いは叶うことになる。

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