ハンドクリームはじめました

すでおに

ハンドクリームはじめました

 ハンドクリームを初めて使った日のことを今も覚えている。そういう人って他にもいるのだろうか。当たり前のように存在して、当たり前のように使っている人も多いでしょう。


 子供の頃(もちろん今もだけど)乾燥肌で、冬になると手がカサカサになった。それも今から思えばっていう話で、当時は冬のせいだとか、乾燥しているからだとかいう認識はなくて、ただただ手が痛かった。

 母親にその手を見せると「手を洗った後ちゃんと拭かないから。ちゃんと拭きなさい」と教えられた。それが原因なのかと目から鱗で、子供心にそれを信じて手を洗うたびにしっかり拭くようにした。


 だけど念入りに拭いても一向に治る気配はなく、酷くなると手の甲が蜘蛛の巣を張ったようにひび割れて赤い血が滲んだ。草野球をしていてもバットを握るのすら苦痛で、夜も痛くて眠れない。それで、手を舐めた。布団の中で血の滲む手の甲をペロペロ舐めた。そうすれば痛みは緩和された。野生動物のような治療法だけど、子供の知恵ではそんな方法しか思い当たらなかった。


 ある日4歳上の姉に「これあげるよ」と言われた。それがハンドクリームだった。小学校高学年になって色気づく頃だから、おそらく自分で買ったのだろう。その時はそれがハンドクリームというものとは知らず、効能も知らず、言われるままに手に塗ったら「なんだこれは!」。塗るやいなや、as soon as、ガサガサの甲が、滑るようなツルツル肌へと変貌を遂げた。まるで花咲じいさんのクライマックスのようだった。


 姉は小さな丸いケースに入れて、分けてくれた。こんなものが世の中にあったのかと秘宝を手入れた気分だった。でも、だから、簡単に使うのはもったいなくて、結局1度も使うことなくどこかへ行ってしまった。


 そんなことで、ハンドクリームはその頃に開発された新商品だと結構な年になるまで思い込んでいたのだけど、歴史はもっと古いそうだ。


 手がそんなだから当然唇の荒れもひどくて、同様にぱっくり割れて血が滲んで痛くてたまらなかった。母親に話すと「唇を舐めるからでしょ。舐めないようにカラシでも塗っておけば」と冷笑された。ある夜本当に痛くて眠れなくて、夜中にこっそり冷蔵庫を開けてカラシを塗ってみた。あの痛みは決して夢ではないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハンドクリームはじめました すでおに @sudeoni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ