街獣と戦術聖女
会議室の電灯がつく頃合いを見計らって、ユリナ知事が手を上げ質問の意思を見せると、専門家は「なんでしょう知事」と返す。
「ユウガはどうやって背中の貝に巨体を埋めるのですか?」
「ユウガは貝に埋める時、口、鼻、耳、全身の皮膚。あらゆる部位から空気を放出します。そうすることで抜けた空気の分だけ、巨体は萎み貝の中へ潜ることができるのです」
「まるで紙風船だわ」
「その逆に貝から出た時は、全身で空気を取り込み、元の大きさまで復元する訳でございます」
「解りました。それともうもう一つ質問があります。ユウガと聖女の相互関係は、どう考えればいいでしょうか?」
この会議室に召集された政治家や次官達は、街の選挙で初当選した議員や初めて内政の中枢に携わる官僚が多く、街の
専門家は丁寧に解説を続ける。
「大概の野生動物は音によって、同種の仲間と意思の疎通を図ります。喉を震わせ大気へ響かせる鳴き声や、羽や体の部位を揺さぶり音に置き換えるなど様々です。おとぎ話に出てくる空想の生物ヒゲクジラは、鳴き声が歌に聞こえるとのことです」
「歌ですか?」
「はい。街獣ユウガの鳴き声は我々人間が聞くと歌のように聞こえます。そして聖女の歌声は、ユウガの鳴き声に近い周波を放っています。過去に録音機器で録った音声があります」
専門家の指示で書記官が、アジサイの花に似たスピーカー付きの蓄音機を、台車で運び込む。
蓄音機は二つ運ばれ正面の壁に並べられた。
「まずは街獣ユウガの鳴き声です」
片方のスピーカーから音が出た。
室内に響く重低音は洞窟の奥から生ぬるい風が、鈍足で吹き当たるような不気味さがある。
が、その重低音に紛れて甲高いフルートのような音色が抑揚をつけていた。
鳴き声から読み取れるのは、街獣という強大な力を見せつつも万人へ
ユウガ民族に伝わる神話『海』という水の世界を背景に、生きた巨船が悠然と泳ぐ姿が思い浮かぶ。
「次が聖女の歌です」
街獣の鳴き声が絞られると、もう片方のスピーカーからは精錬な少女の声が響いた。
讃美歌を思わせる歌声はハープのような琴の音を奏で、渋面を突きつけた政治家達の疲れが癒された気分になる。
目を瞑ると天女が朝日と共に空から降りてくる姿が、自然と映像化された。
「最後に同時に音声を流します」
同時に二つのスピーカーから音が出ると、街獣ユウガの重低音と聖女の声が互いに邪魔することもなければ遮ることもなく、一つの楽譜を見て演奏するようなハーモニーが完成された。
これを聴きユリナ知事は感想を述べた。
「二つの声は性質は違いますが、音の高さと低さが重なり合う瞬間があるように思います」
「まさに会話です」
「会話ですか。人と街獣による……人知を超えた存在と、意思の疎通は可能なのでしょうか?」
「意思の疎通どころか、聖女の歌は街獣を奮起させ戦意を向上させます」
「人が一万メートルもの巨体を持つ街獣に、力を与えるということですか?」
「我々は世の理解出来る仕組みから、現象を起せる事柄を『科学』と位置づけ、理解はできませぬが一定の条件が揃えば現象が付属する事柄を『魔法』あるいわ『神術』と考えています。聖女の歌が街獣に力を与える現象は魔法、神術としか言いようがありません」
魔法だの神術だのという話をされても、すぐには受け入れがたい。
ユリナ知事は眉をひそめ少しばかり抵抗を示す。
総理の左辺へ座る防衛大臣は解説を補足する。
「過去の大戦においては【戦術聖女】と呼称していましたな」
それを聞き知事ユリナはどうにも納得ができず、不服を胸の内で
民へ分け隔てなく恩寵と包容を与える「聖女」という言葉に、冷酷な算段で相手の命を奪う「戦術」をつなぎ合わせる発想。
文民と武人という対極的な立場があるとはいえ、女の私からすれば到底理解できない感性だ。
やはり軍人とは考えが相容れない。
「街獣と聖女については以上です」
専門家の解説は終わりを見せない。
「起源はわかりませんが、街獣が喝破する世界に人間が降り立ち、いつのまにか街獣に住み着いたと神話にあります。人間は街獣の体温から地熱発電の技術で電気を生み出し、剥がれた皮膚から鉄を生成して建築物を建造し、街獣の生命力を肥やしにした土で作物を耕しています。人は街獣に生かされていると言っても過言ではありません。反対に街獣からすれば人は利用価値のある存在です。街獣はその巨体ゆえ、自身の体が疫病に犯された場合、その根源を駆除してもらうのです。まさに共生関係がなされています。これが街獣が人間を生かす理由です」
防衛大臣が悪態をつく。
「ふん! 我々人間は街獣にとって寄生虫というわけか」
対面する内務大臣がなだめる。
「むしろ益虫でしょう。街獣にとって、我々は有益ですから」
頃合いを見計らって左辺側、外務大臣が進言した。
「総理。後、数時間で
アイム総理は日頃の能天気な面持ちを忘れ、息苦しそうに言う。
「もう、そんな時間ですか……」
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