外交交渉
緊急会議は一旦お開きとなり、相手方のジャガン・エスニシティとの会談は場所を変え、総理官邸内の執務室で行われることになった。
オペラの舞台と思えるほどの絢爛な窓。
窓の外から差し込む黄金の陽を受けるアイム総理は、天国をイメージする草花の模様が刻まれた高価な木のデスクへ腰かけた。
会談に立ち会う各大臣はシャンデリアの下、緊張した面持ちで起立していた。
総理一人ではもて余す執務室も、これだけ行政組織の長が集まると狭く息苦しい。
知事ユリナは込み合う大臣達の後方にいる為、総理の様子が全く見えず、声のみで会談の様子を掴まなければならない。
アイム総理が机に置かれた無線機のスイッチを押すと、スピーカーからノイズが漏れる。
無線が繋がったことを確認すると、総理はマイクへ一声。
「聞こえますか?」
返事はすぐに帰って来た。
『諸君、この声が聞こえているな? こちらはジャガン・エスニシティ元首【ザングン総統】である』
「おはようございます。私はユウガ・エスニシティ首席宰相、アイムです。この度は不運な事故に際しまして……」
『こちらは悠長に時間を取る暇がない』
ザングン総統の言葉はアイム総理の痛み入りを拒む。
総裁の用件はストレートだった。
『要件を伝える。前途の通り貴公は我が街の進行ルートを妨害している。これは我々ジャガン民族の生存権を脅かす、極めて
「悪辣? それは誤解というものです。我がユウガ・エスニシティは条約に乗っ取った権利を有しており……」
『権利? 我が街の進歩を阻みこちらの尊厳を踏みにじっておきながら、権利を唄うのか?』
「いえ、決してそのようなつもりはありませぬ」
『こちらも条約に基づいた主張をしているまでだ。我が街の主張は正論であると、理解できるであろう』
「正論とおっしゃいますか……しかし、ザングン元首。我が街も条約によりいかなる進行も許されない前提で……」
『総統閣下を付けよ』
「は?」
『ザングン総統閣下だ!』
傲慢且つ愚かな固執だが、知事ユリナのみならず各大臣にも動揺が広がり、この会談において平和的な解決は
条約に基づく権利は絶対的な行程力を持つと信じ、その力は揺らがないという前提でこの会談を設けたが、相手方はその力にお構い無し。
定石を破られ手も足も出ないアイム総理を良いことに、ザングン総統の要求は一方的に突きつけられる。
『勧告が呑めぬのであれば条約に慣習された
総理は戸惑い小声で「ケンノウって、ナニ?」と大臣達へ投げ掛ける。
内務大臣が総理の端により耳打ちした。
「法律上、ある事柄について権利の主張、行使できる能力。またはその資格を有していることです」
「行使できる能力……つまり、彼らは攻撃してくるってこと?」
「その可能性もあります」
「そ、それはマズいよ。ダメダメ」
総理の執務室は背をヒリつかせる空気へ変わって行く。
総理は相手の機嫌を取ることに余念がない。
「そ、総統閣下。争いは問題解決の道を閉ざすことになります。ここは互いに歩みより、今回の一件を話合うことが最良……」
『ぬかせっ!(馬鹿を言うな)』
アイム総理は言葉を飲み込み息を詰まらせる。
『最初に言ったはずだ。こちらは時間がない』
防衛大臣が小声で外務大臣へ話かける。
「これは要望と言うより脅迫としか思えませぬ」
「外交の場に置いて、要望と脅迫は近からずして遠からず。交渉する上でどちらが主導権を握るかで、捉え方が変わります」
近くで聞いていた知事ユリナは自身の胃袋を、握り潰されたような強いストレスを感じた。
外の世界との意思の疎通がここまで困難だなんて。
内政に携わり偏見と官僚思考に翻ろうされ、幾度と
ザングン総統は話に見切りを付けたようだ。
『無駄な時間を費やした。この会談に活路はない。また改めて話の場を作ろう』
ノイズと共に相手方の声は消え、後には白けた場の空気が残る。
アイム総理はデスク前で整列する大臣達を照覧し、助け舟を求めるように困惑。
「き、切れちゃったよ」
早くに最悪の事態を予期して対処を模索していたユリナ知事は、頭の固い政治家達を、なじりたい言葉の数で嗚咽しそうになる。
見たことか!
安易の幻想に零落し、飾りの付いた机や椅子に座り続けることだけを保身にした、政治家共め。
現実が狼の群れを連れて襲って来たではないか。
私達の街は条約という結界で守られていると信じていたが、今はその条約の裏をかかれて追い込まれている。
長い平和が文民達の危機意識を下げ、過信していた安息を打ち砕かれた。
皮肉な話に思える。
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