神酒(ソーマ)

 一時間後、もはや睡眠や休息の時間すら惜しいほど、政治家達は事態の収集に当たらなければならない。

 女性であるユリナ知事は化粧直しをするいとまさえなく、再び会議室へ出向く。


 ジャガン・エスニシティとの会談を大臣以下の行政官へ伝えると、会議室では意見の紛争が起きた。


「総理! 外交は失敗だったということですか!?」「戦争になるのか!?」「世論を敵に回すぞ」「誰が責任を取るのだ!」


「静粛に!!」


 外務大臣の鶴の一声が静寂を取り戻した。


「皆さん、お静かに。ジャガン・エスニシティ代表、ザングン総統は改めて話し合いの場を作ると、おっしゃいました。和平のチャンスはまだ残されています」


 落ち着きを取り戻した会議室を見計らい挙手が出る。


 外務大臣が「ユリナ知事。どうぞ」と質問が許されたので若輩の知事は端に追いやられた席から起立し、大臣と行政官へ聞こえるように語る。


「相手方の時間がないという言葉が引っ掛かります。しきりに時を気にしていましたが、一方的な要求はそれによるものかと。その真意を読み解けば、解決の道が開けるかもしれません」


 防衛大臣が腕を組み、ぼやきながら返す。


「連中の心内など、大体の察しがつく」


「つまり防衛大臣は相手方の真意を読み解いている、と言うことでしょうか?」


「ワシよりも先程の専門家先生に解説してもらおう。その方が早い」


 再び布のスクリーン前にとぼとぼと歩き出す、白髪をちょんまげに結った老人の専門家。

 

 防衛大臣に指名される前から準備していたのか、室内が暗転して投影機がカシャカシャと音を鳴らして光の像を写す。

 街獣ユウガの全身図に描き加えられたのは、皿型の地面に巨駆の足が沈んだ絵だった。

 皿型の地形には波模様が引かれ、街獣の足首が沼にはまっているように見える。


「え~、この世界に生きとし生ける街獣は溶岩ラバから溢れる特殊エネルギーを取り込み、その巨体を維持しております。エネルギーを取り込み、生体を循環させた街獣の表皮から発せられる熱を、我々人間は地熱発電として利用し工場などの産業を動かすのです」


 ユリナ知事は要約する。


「つまり街のエネルギーは街獣の動力源……というより活力のみなもとということですね?」


「さようです。この源は翡翠ひすいに輝く流体と検証されています」


「流体とは?」


「水や煙の属性ではありますが、水と煙が合わさった物も流体とされます。時に川のように流れ沼のように沈殿し、雲のように飛んでしまう。そしてこの世界を駆け巡る血のように満たしています」


「つまり世界の血液とも考えられるのですね」


「さようです。神話になぞらえて神が嗜む酒、神酒ソーマと呼んでおります。酒は神をも上機嫌にすることに由来しますが、街獣はその神酒に漬かり皮膚から吸収し全身にエネルギーを流します。そうすることで巨体を維持し動かし、はたまたいくさでおった傷を癒します」


 解説に割り込む防衛大臣が話を茶化した。


「神話には神が風呂に入り疲れを癒したとあるが、街獣ユウガも然り。が、十五年も長風呂とはな」


 ユリナ知事が主題へ戻す。


「話が見えて来た気がします。相手方の街獣はその神酒ソーマが枯渇したが為に、ジャガン民族の街は深刻なエネルギー不足にあると。大臣の皆様は、そうお考えなのですね?」


 暗がりの部屋から「そうだ」と口が揃う。

 話が掴めたユリナは会議室が明るくなり、大臣達の顔が見えると提案を簡素に述べる。


「ならば、神酒ソーマを相手方へ分け与えてはどうでしょうか?」


 外務大臣が「話はそう単純にはいかないのです」と言うと大蔵大臣が「分け与えた数だけ、我が街の資源と財政が逼迫するのですよ」と続く。

 更に防衛大臣は「解っておらんようだが、与えれば相手は付け上がり、要求は更に過度となる」と渋面を作った。


「それなら相手方と協定を結び資源を互いに共有し、街同士で経済が循環するような、流動を作るのはいかがでしょう?」


 大臣や行政官からしきりに横槍が飛ぶ。


「子供みたいに仲良し小好しとはいかんだろ」「それが出来れば政治家はいらん」「そもそも資源の独占が目的で、我々の前に来たのだ」

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