城塞街獣ユウガ

 スクリーンの前にとぼとぼと歩き出したのは、白髪をちょんまげに縛った老人だった。

 内務大臣の合図で室内が暗転すると、投影機から次に写された像は街獣ユウガの全身の絵。


 この街の正装をした専門家の老人は、指し棒で一つ一つ解説していく。


「え~、ユウガはお伽話に登場するヒゲクジラに酷似しております。表皮は我々が知る黄金の空と違い、神話で語り継がれる青空色。全体に見られる白、灰色、クリーム色の迷彩柄は過去の大戦で負傷したキズです」


 大臣の後ろに控える行政機関の長達は、まじまじと眺めて専門家の解説に聞き耳を立てた。


「唇の先には感覚器官となる二つの羽の形をしたヒゲが伸び、胴体は熊のように爪の付いた手足、全体的に寸胴。腕は大気を皮膚呼吸により吸い込むことで膨らますことができます。尚かつ膨張すると皮膚が瞬時に硬直し標高の高い山すら、真っ二つに寸断する剣となります」


 暗い室内はヒソヒソと情報のやり取りがなされ、「まさに軍神か」「言い方を変えれば生物兵器ですな」「伝説で知ってはいたものの、やはり物騒だ」と称賛と危険視する声が入り交じる。


 専門家は咳払いをして注目を集めると話を続ける。


「それとなだらかな後頭部にクレーターがありますが、これは鼻腔、つまり呼吸する為の鼻があり、俗に言うユウガ火山がこの位置に当たります。街である貝殻の高さは一万メートル。そに対して街獣ユウガの体長は約九千メートルです。ユウガ単体の重さは二八〇万トン。貝殻と体重を合わせた総重量は五〇〇万トンとなります」


 重量を聞いた総理は疑問を投げた。


「ずっと不思議だったんだけどね。体長は観測のように機材や航空機で見て計れるけど、街獣の重さってどうやって計るの? 巨大な生き物専用の体重計でもあるのかな?」


 周囲が小さな笑いで沸くと専門家は答える。


「人間が実際に計るのは不可能ゆえ、体の大きさを基準に算出します。そこから縦、横幅、厚さを掛け算し、一センチの"銀"の重さ一〇・五グラムをかけ、さらにmメートル単位で算出する為、千倍をかけて、キログラムに変えて計算します」


「銀の重さ?」


「街獣の表皮を地質調査、及び体内の構造調査を行った際、街獣の細胞は銀に近い密度があると、結果が出ております」


「なるほど、とても面倒くさいのが分かりました。でも我々が知るこの世界の大地は、溶岩が広がってるんだよ。それだけ重いと体の半分くらい沈んじゃうでしょ?」


「街獣ユウガは実のところ、足が一キロメートルほど埋まっています。ですが足の裏や尻尾など、底の面積があまりにも広い為、沈む力が分散されております。と言ってもこの答えが全てではありません。やはり、これだけの巨体が柔らかい溶岩の上で沈まずに立っていられるかは、謎です」


「へぇ~。僕ら人間は街獣の上にいるけど、ユウガが歩いたり身体を振り回したりして、街が揺れて崩壊したりしないのかな?」


「ご説明いたします。ユウガの背中は背丈と同じ程の、巨大な巻き貝を背負っております。住まう人々は、この巻き貝の上に街を構築しています」


「今更だけど生き物の上に住んでるなんて、人智を超えてるというか気が狂ってるといか、変だよね?」


 大臣達が愛想笑いで賛同すると専門家は話を続けた。


「ユウガの背中に密着する巻き貝は、ユウガの皮膚の水分や油分がノリの役割を持ち、接着してます。さらに背中の皮膚は柔らかくゴムのような弾力を有しており、クッションの役割を果たします。故にユウガの揺れや衝撃は背中でエネルギーが分散されてきるのです」


「随分と都合良く出来てますね?」


「えぇ、ユウガと背中の街は別々に揺れることで、ユウガの受けた衝撃を一万分の一まで軽減して、街に伝播しています。これを"免震構造"と呼びます」

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