エスニシティ条約(2)

 外務大臣の合図で書記官達がV、字型の会議テーブルの中央に機材を運び入れた。

 大臣達の後方で着席するユリナ知事は、遠目からその様子を目で追いかけていた。


 二股の会議テーブルに挟まれるように置かれたのは投影機。

 レンズが対面する布のスクリーンへ向けられている。

 

 会議室の明かりが消え暗転すると投影機の電源が入り「カシャ、カシャ」と、シャッターを切る物音に合わせ、電光の地図が写る。

 地図は測量により、地形を測り観測した物を線に起こして描かれたので、地形の再現度は高い。


 年輪の形をした山に囲まれ、真ん中には大きな運河のような道があり、その下に蛇行した脇道が生えている。

 脇道の先に巻き貝の絵が描かれており、ユウガ・エスニシティの位置が解る。

 その巻き貝の先の道は行き止まりとなっていた。


我が街ユウガが永住する地は街獣の進行ルートからすれば、山や谷が道を閉ざす行き止まりです。元々、進行ルートの外れにある脇道のような場所で、この地へ来るには迂回路のような、険しい自然の道を越えなければなりません。それがあって十五年もの間、我が街は戦火に呑まれることはありませんでした」


 外務大臣の説明に合せて事務次官が指し棒で動きを解説。

 指し棒の先に角の生えた悪魔の絵が取り付けれている。


 スクリーンから反射する薄い明かりに照らされた防衛大臣が、待ってましたとばかりに口を挟む。


「つまり、わざわざ、いびつな道で遠回りをしてまで行き止まりの壁へ来て、目が合った我々が進行ルートを塞いでいると言いがかりをつけている。これは明らかな侵略行為」


 明るさを取り戻した室内とは逆に、アイム総理の暗い表情が浮かぶ。

 鼻腔からため息を付いた総理は質問を重ねる。


「悩ましい事態だね。我が街と連盟を結んでいる街は支援してくれますか? 外務大臣」


 外務大臣は急に口が縫い付けられたように口ごもると、無理矢理開くように答えた。


「その、連盟を結ぶ街は我々へ支援の姿勢は見せていますが、直接支援することはできないそうです」


「なるほど、大方の理由は察しがつくね。みんなジャガン・エスニシティを通せんぼしてる我が街を支援して、彼らジャガン民族の怨みを買いたくないんだろうね」


「”民族間の争いはその民族間で解決する努力を求む”。連盟が合意した協定です」


「裏を返せば、面倒に巻き込まれたくないという腹なんだろうね。民族紛争は正義も悪も曖昧だからね。連盟がどちらか一方に加担すれば悪と見なされる。面倒だよね」


「街獣とは我々、人間が住まう領土です。そして街獣は自己が生きる為に生存領域を求めて移動し、それに伴い街、国の領土も動くのです。故に他の街獣と遭遇した際には、互いの生存権を脅かす存在として対峙してしまうのです」


「つくづく思うけど何の為の連盟なんだろうね。我が街の守護者、ユウガは目覚めてからどんな様子かな? 内務大臣」


 総理に最も近い右辺に着席する内務大臣が答えた。


「それに付きましては、ユウガの生態に詳しい専門家の博士を召還しております」

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