邪眼に睨まれた蛙
ゴゴゴゴゴゴォ……。
怪物の巨大な片手が、暴風のような風圧を巻き起こしながら突っ込んで来る。
巨大な拳を振るう悪魔の恐ろしさに、暴風の方が逃げているとさえ思えた。
相手の向かってくる拳へ息を合わせるように、ヤドカリを模したこっちの街獣は、左側のヒレを上げて敵の攻撃を弾いた。
《ドゴォンッ!!》
街の規模を持つ生き物同士の衝突は凄まじく、衝撃が街全体に伝わり地面が激しく横揺れを起こすと、俺や避難民は立っていられず腰を抜かしヘタりこむ。
揺れの影響で平行感覚を奪われ、目の前の景色が歪んだ。
視界が正常に戻る頃には、敵街獣の片腕が大気を震わせながら後ろへ下る。
すると今度は反対側の腕が右辺から向かって来た。
バカでかいにもかこわらずヤドカリ型の街獣は相手の攻撃に、俊敏に反応して右のヒレが盾になるよう、平たい部分を見せて敵の一撃を防ぐ。
受け止めた衝撃で起きた街全体の揺れが治まる前に、ヒレを怪物の伸びた腕の下へくぐらせ、ナイフのように尖る先端で敵の手首を真一文字に切り裂いた。
意表をつかれた反撃に驚いた敵街獣は拳を浮かせ悶える。
切られた手首から紫色の血が、どしゃぶりの雨かのように流れ落ち、灼熱のマグマと反応し水蒸気が爆発した。
こっちの街獣は二つの巨大なヒレを左辺に寄せると、まるで水をかいて大波を起こすように弧を描きながら右へ振り払う。
この腰の引けたヤドカリ型街獣の、最大の攻撃なのかもしれない。
二刀流の刃を束にして襲いかかる攻撃。
だが敵の悪魔はそれに感づいたらしく、上半身を大きく反り返えさせ後退。
ヤドカリ型街獣が放つ二つの剣は、空を切って大気を震わせる。
空振った余波は俺達の街へ広がり、避難する神社は大きな横揺れに見舞われる。
渾身の一撃の後はスキができる。
勢い付いたヤドカリ型街獣を懲らしめるように、怪物は反撃して来た。
ヤツの拳が走り出した馬のようにやって来る。
それを察したのかヤドカリ型街獣はヒレを持ち上げ防御姿勢に入った。
雲に覆われたように太陽が暗闇に飲まれる。
黄金の空から降り注ぐ日の光がカーテンを引いたように、ゆっくり消え宮殿の門を閉じるように刃の形をしたヒレの両腕が合わさると、一枚のヒイラギの葉の形になる。
悪魔の
ここにいる誰しも一時の楽園である避難所が守られたと、安堵した。
だが、
ズガガガァァ!
またしても地響きが境内を襲い避難民が揃って短い悲鳴を上げると、まるで亡者が天国の門を叩いたように、そびえ立つヒイラギの壁が揺れる。
怪物の攻撃は一撃では済まなかった。
何度も壁は叩かれ、その度に合わさるヒレは突風にさらされる納屋のように、震えた。
俺や避難民の足元は横揺れ見舞われ、神社の瓦が一つ一つ剥がれ落ちる。
見舞われる地響きは、破滅が足音を立てて近付いているようだ。
おいおい、これ突破されるの時間の問題だぞ?
相手は牛のような化け物。
俺達の街がデカイつったて、
チクショウ!
ユウガが神様だって言うなら街の人を守ってみやがれ!
五回目の衝突音で巨大な葉っぱがグラつき、中心が刀を振り下ろされたように切れ込みが入った。
影に覆われた神社に一閃が入り目が眩む。
眼球を焼かれるような痛みに耐えながら、視線を二つのヒレの壁へ移す。
息の根を止められた。
それぐらい恐怖に支配され、俺も神社の避難民も死を覚悟させられる。
開かれた門の隙間を暗黒の雲が塞ぎ、中から黄色い巨星のような目玉が見下ろす。
まるで妖術をかける邪眼に魅入られたように、境内の一同は固まる。
覗いた後、大きな邪眼が急速に離れて行き、三叉の爪が振り上げられ風圧が絶叫。
空が怯える程の衝撃。
食らった悪魔の一撃はヤドカリ街獣のヒレを、木材の壁を突き破るように吹き飛ばした。
やじろべえが左右に揺れるように、二枚のヒレは振動にもてあそばれて、地に伏せる。
それを良いことに悪魔は次の攻撃を仕掛けた。
右斜め上から影が襲い真っ二つに割れる海面を逆さに見ているように、雲を引裂きながら怪物の爪が突き進む。
凄まじい風圧で俺は立っていられず倒れ、避難民もドミノを倒したようになぎ倒される。
立ち上がろうすると真後ろから、はや仕立てられたように、縦揺れが背中を突き飛ばす。
再び闇に覆われた神社の中で、頭上を見上げながら首を後方へ向けると、伸び切った悪魔の手が崖の斜面をえぐっていた。
怪物が腕をゆっくり戻すと、街の建物が土砂崩れを起こして滑り落ちる。
内蔵を吐き出しそうな恐怖で声が出ない。
あの地区に住んでいた人達は訳もわからず、ほんの一瞬でこの世から消えたんだ。
あの三日月の角を持つ悪魔の前では、人は一瞬で死ぬ。
逃げたくてもこの街にもう安全な場所も逃げられる所もない。
数十万人いる街で順番に死ぬのを待つだけ。
混乱は極まり石畳に屈服する避難民は怯え、若い母親が抱える赤ん坊が雨風よりも激しく泣きわめき、年寄りが《助けて下さいユウガ》と念仏のように呟いていた。
何言ってんだよ。
今、俺達の守り神は負けたじゃねぇか!?
もう街は終わりなんだ!
惨禍に苦行する人々の中、一人だけ風に負けることなく、立ち姿を見せる姿があった。
――――イノリアだ。
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