巨獣目覚める

 爪とは別に街の地下で、静かな震動が湧き上がって来た。

 激しい縦揺れが足元をグラつかせると、突然、地を跳ね上げてマグマが弓のような弧を描きながら吹き出た。

 オレンジ色の蛍光インクが飛び散ったようにマグマが飛散し、大気で冷やされ煙霧を立てながら落ちていく。


 マグマが襲い来る爪を防いだように見えたが、それは違った。

 巨大な”何か”が、溶岩をすくい上げ怪物の魔の手を防いだのだ。

 視界を覆い尽くす壁。

 マグマは登頂部の上から滝のように流れ、地の底へ戻る。


 そびえ立つ巨大な岩壁。

 てっぺんは刀の尖端のように鋭く、縦にした楕円形は巨大な包丁のように思える。


 包丁型を成す岩壁の三分の二より下は、片側の曲線がジグザグにえぐれており、ヒイラギの葉っぱのように幾つものノコギリ状の尖った岩が、尖端に向けて揃っている。

 鋸歯きょしと呼ばれる外敵を寄せ付けない葉っぱの種目に見えた。

 今の惨状を見ると、災厄を遠ざける鉄壁。


 氷漬けにされた視線を溶かしたのは、どこからともなく聞こえる、しゃがれた声だった。



 ――――ユウガ――――



 聞こえた言葉は後ろにいる避難民からだ。


 振り返ると得体のしれない巨像を呆然と眺めながら、白髪とシワだらけの老人達が口々に《ユウガ、ユウガ》つぶやいていた。

 ある老人は長い間会えなかった親友に、再開した感動を噛みしめるように見つめ。

 ある老婆は産み落とした時に、命宿らなかった子供の魂へ触れたように涙を流す。


 ユウガ? ユウガって街の名前だろ?

 ウチの婆ちゃんが神様の名前か何かから取った名前だって――――。


 ふと脳裏によぎった文言と目の前の巨像を重ねて、独自の解釈を導く。


 まさか、アレが――――神?


 ゴゴゴォォォ……。


 足下で地割れのようなけたましい物音がする。

 ユウガ神社からだと、見下げる形になるユウガ岬から響く物音。

 遠くから見下ろすとユウガ岬の崖がひび割れて、表面からパンくずがこぼれるように、石ころが落ちる。

 次第に石ころは大きくなり岩が崩れると、ユウガ岬は砕け散った。

 でもそれは爬虫類や虫が脱皮するように、表面が剥がれただけで、街から突き出たような岬は残る。

 

 岩肌がなくなると船の舳先のように突起している。

 だが、それは生きているかのような艶のある表面が露出した。

 目を疑ったのは露出したユウガ岬から、純白の白鳥を思わせる、巨大な二枚の羽が立ち上がったことだ。


 鳥ではない。

 羽だけが岬の先端から生えている。


 次の揺れに合せてハサミか包丁のような先鋭の岩壁が、浮上する島のように、もう一つ現れた。

 二つ揃った時、それが何なのか気が付いた。

 これは相対をする"ヒレ"。


 二本の鋸歯きょし状のヒレは爪を立てるように、鋭く尖ったてっぺんを怪物へ向ける。

 そして崖の先から伸びる羽を大きく羽ばたかせ、相手を驚かそうとでもしているように見えた。


 もしかして威嚇してるのか?


 この崖の街は鏡餅の上に円錐のピラミッドが立ち上がった形の崖だ。

 今、街の下から帆先のような顔とヒレが伸びていて、貝殻から出た巨大な”ヤドカリ”のような生き物にかわった。


 人間とは全く違う別次元の生き物でも、一連の動作がなんなのか読み取れた。


「マジかよ……怪物ヤツと戦う気か?」


 また怪物が足を蹴り上げるとマグマが飛び散り、剣のようなヒレに当たる。

 壁は完全には防ぎきれず、左右や二本の隙間からマグマが飛散し街の家屋や林を燃やした。


 怪物が何か動きを見せる度、岬から伸びる二枚の羽が小刻みに震えたり、羽ばたいたりする。

 その後で巨大な二本のヒレが怪物が飛ばす岩石を防いだり、反撃したりする姿勢をみせる。

 思うに二枚の羽は、目の役割をしているに違いない。

 なら羽の形をした"触覚"だ。


 らちがあかないと考えたのか、悪魔は攻撃の手段を変更。 

 急激にこちらとの距離を狭めて街獣同士の接近戦へ持ち込む。

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