ユウガ神社
「ひ~……ようやく着いたぜぇ!」
街の第二層にして表側、おおむねこの地区の中央に位置するユウガ神社。
入り口は林に囲まれて水面を二つに割ったように、階段が一本続いている。
天まで続くような神社の三千階段を眺めて、俺は気が引けた。
婆ちゃんが例え話で「一秒には三千の瞬間がある」と、よく話ていたのを思い出す。
たった一秒にも三千という数えきれない考えや思いや苦悩、決断があるのだと。
だから人は常に悩む。
この神社の三千階段は一段一段登ることで迷い苦悩、考えを踏みしめて登りきるころに決断が決まるという、願掛けの意味があるらしい。
だからって、今死ぬかもしれない緊急事態に、いちいち三千も考えてられない。
背中に乗るイノリアが気遣うので俺は見栄を張った。
「大丈夫?」
「大丈夫っ! こう見えて身体は丈夫だから……おっしゃぁ!!」
走り疲れ痙攣する足で他人を背負い三千階段を登るのは一苦労だろうが、そんなこと考えるヒマを作らず、俺は突風のように駆け上がる。
階段を登り赤い鳥居をくぐって石畳の
神社の境内にはすでに、三十人程の避難した住民が密集している。
石像を越えて黒山の人だかりへ紛れると、俺はおぶったイノリアを下ろし、地べたへ四つん這いになり呼吸を整える。
「じ、神社まで来たから……これで大丈夫だな」
「ありがとう……」
安全地帯まで来たが、イノリアの表情は仮面を着けたように硬いままだった。
辺りを見回すと若い人間よりも年寄が多く避難しているので、街獣の災害が起きた早い段階で神社に来ていたようだ。
でなきゃ、街で長寿が自慢の爺さん婆さんでも、さっきまでの三千階段を登りきるのは簡単じゃない。
さすがに戦争を経験してるだけあって危険予知には敏感だ。
避難民は一様に不安の声を漏らす。
「救助はまだ来ないのかねぇ?」「
年寄りと孫の会話が影を落とす。
「じぃじぃ……おとうさんと、おかあさんはぁ?」
「きっと、きっと後から来るよ……」
ユウガ神社はどんな公園よりも広い神社。
黄金の空から注ぐ光を何の弊害もなく受けられる、日当たり良好な立地だ。
大きな洞窟の入り口から突き出たような作りで、建物の正面には巨大な牙を空へ付き伸ばしたようなオブジェが、対になって作られている。
なんでも年寄に言わせれば二つの牙を模したオブジェは、神様の口から抜けた歯なんだそうな。
異型の恐怖から逃げ切り安全地帯にたどり着いたことで、肩の力を抜くのと同時に安堵のため息を吐いた。
だが気が抜けたことで、その時の地響きは足や腹に痛烈に響く。
ズズゥゥン――――。
さっきまで落ち着きを取り戻しつつあった避難民が、一斉に震動の余波を感じ取り呼吸を合わせたように黙ると、揺れを起こした張本人へ目を向けた。
ユウガ神社にいる皆は境内から見える鳥居よりも上に、半身を現した巨大な悪魔の影に怯えた。
街の第二層表側に位置する神社は雲に近い場所にある。
なのに二対の角を持つ街獣は、それより更に高い位置に頭があった。
上層雲に首を突っ込んだ街獣の頭は太陽の光を遮り、黄金の空を暗く冷たい紫の空へと書き換える。
洒落が効いているのが、悪魔の角が寝かせた黒い三日月となって、闇に浮かんでいた。
神社の避難民は風景となった悪夢を、固唾を飲んで見ることしかできない。
ここまで近いと怪物の息遣いが聞こえる。
神社の位置からだと、街獣の肩から足元に広がる溶岩の海まで、ギリギリ視界に捉えることができる。
その巨大さゆえ悪魔の影は動作の一つ一つが鈍臭いが、その波及効果は力強い。
すり足で迫って来ると巨大な影が足を蹴り上げ、えぐられた溶岩の下から間欠泉のようにマグマが舞い上がり、街の頭上まで吹き上がり散らばる。
マグマは空気に冷やされて塊、白い蒸気を吹く岩石に変わり雨あられと落下。
炎を吹きながら隕石群のように降って来た。
街の下層に降り注ぐとオレンジ色の閃光がチラつき爆発。
ドガァンッ!
花火の音に聞こえるがそこに芸術性や幻想もなく、破壊の物音だけ轟かす。
街のいたる所で黒煙が立ち込め、炎に焼かれ火の粉を舞い上がらせた。
大気が震える物音と共に、積乱雲を突き抜け大きな手が飛び出て来た。
悪魔はフォークのような爪を鋭く伸ばし街を襲う。
俺や避難民はおののき、咄嗟に両手で顔を塞ぐ。
広大な影法師が何十画もの街を飲み込む様を前に、顔を覆っても意味がないのは解ってる。
もう逃げ場がない以上、死への恐怖を和らげる自然な反応だ。
何が神社は避難場所だよ。
こんなに密集してたら、あのドデカイ手がハンマーのように落ちてきて、ここにいる人間が一瞬で潰されちまう。
そもそも真っ直ぐ進行して来る得体の知れない物を、真正面から身構える配置になってんだから、逃げ場なんてないじゃねぇか?
実際、神社の後ろは壁のような崖が塞いでいて、退路がない。
ここは
俺達は死ぬ。
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