数秒の分岐点
彼女がなんで街獣なんていうのを知っているかは解らないが、何にしても、ここには居られない。
正直、足を引きずる人間を連れて土砂や火災の中を歩くのは、無理がある。
ユウガ神社は同じ表側で街の第二層。
ここから歩いて上層に登ると一時間くらいかかる。
少しでも早く安全地帯に行くことを考えると、これは時間との勝負だ。
俺は少女イノリアに背を見せてかがむと、要望する。
「乗って」
気を使ってか単純に男に触りたくないのか、彼女が抵抗を示したので急かす。
「早く!」
彼女は恐る恐る俺の背中に身を預けた。
日頃、不良仲間でイタズラした後に、足の遅いタロを背負って逃げている。
イノリアは痩せぽっちのチビ助よりも軽かった。
女を背負うなんて初めての経験だから、驚くことばかりだ。
軽いのはもとより持ち上げた太ももが柔らかい。
首にまわされた腕は細いにもかかわらず、暖かくて温もりを感じ、顔は耳元に近づき息遣いが変な気持ちを起こさせ、花の甘い香りを漂わせる香水が気持ちを高ぶらせた。
何より背中全体に風船とは違う弾力が伝わる。
いつまでもこの弾力を味わっていたいが、彼女が首に腕を回した際、持っていた補助杖が顔に当たり正気に戻ると、出来る限りの凛々しい顔と声を作りイノリアに一声かけた。
「しっかり掴まってろよ?」
彼女がしがみつくと俺は発砲した弾丸のように走り出す。
風のように流れる景色を横目に見て、悲惨な現状が次第に浮き彫りになる。
救助隊が来るまで通行人や店の店主など、街の人達は助け合いながら過酷な状況をフォローしていた。
建物の下敷きになったケガ人を、泥だらけの男三人が瓦礫を持ち上げて引っ張りあげ、救助するなどその場をしのぐ。
こういう時こそ、日々喧嘩で鍛えた腕っぷしを人助けに発揮したいとこだが、今は足の自由が利かない女子を安全な場所まで連れて行くので手いっぱい。
人間一人が差し伸べられる限界を痛感する。
しばらくして避難する十名の一団を見かけた。
腕に「市役所」とかかれた腕章を見ると役人のようだ。
誘導する役場の係員が拡声機を使って一団に呼びかける。
『皆さん。これより市役所の避難所へ誘導しますので私の後に付いて来て下さい。いいですか? 押さない、駆けない、喋らない。それでは移動します』
足を止めて一団を見やる。
「あっちの方が早そうだ。俺達も付いて行こう」
避難する一団の後に付いて行こうとすると、おぶさるイノリアが肩の服を強く引っ張り言った。
「ダメ……ユウガ神社でないとダメなの」
「いや、でも、早く避難所に行く方が安全だし――――」
その時、移動を開始した一団から悲鳴が上がる。
視線を向けると皆、パニックになり駆け出した。
「逃げろぉぉおお!」「死にたくないっ!」「いやぁぁぁあああ‼」
我先に走るものだから揉み合いになり、前方を走る人間を押し倒す。
誘導していた役場の人間が引き留める。
『皆さん、落ち着いて! 落ちつ――――』
俺は訳も解らず動けないでいると、夜が局所的に襲いに来たように一団を覆い、空を切る音と共に岩石のアラレが降り注ぎ、避難する十名をハンマーで砕くように潰した。
悲鳴が止まり目の前は無数の岩の塊が道を塞いだ。
あんなにも簡単に十人の命が指で虫を潰すように消えるなんて。
もし付いて行こうとしてたら、俺達もあんな最後を迎えていたのかよ。
足を踏み出すか踏み出さないか数秒の差で、俺の未来は消えていたのか?
足がすくみ膝から骨が抜けて崩れそうになり、息がつまり頭が真っ白で思考が止まった。
震える俺の背中に気が付いたイノリアが声ををかける。
「早く。神社にいかないと」
「あ、あぁ……そうだな……べ、別の道を行こう」
俺は崩れそうな膝に力を入れて歩き出した。
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