遊戯場

 「遊戯場」に足を運んだ俺達は、足を踏み入れた時から場の盛り上がりを肌で感じる。

 中央の人だかりは猿と蟹のプロレス『猿蟹合戦』に熱を上げていた。


 俺達三人は黒山の人だかりを覗き見しながら通り過ぎて、室内の隅に十台並んだ木の箱へ足を進める。

 箱は斜めに切られ、切られた部分にはガラスと鉄のレバーが二つ付き、両手で掴めるように設置されている。

 レバーにはトリガーが付属されガラスを除きこむと中に、飛行機の絵がいくつも描かれていた。


 中心にはサークル状の印があり、サークルの下から伸びる棒はレバーに連動している。

 コインを投入すると固定されたレバーのロックが外れて動かせるて飛行機の絵が車輪のように回り、まとになる飛行機が飛んでるように見えてくる。


 後はサークルを動く飛行機に重ねてレバーのトリガーを引くと、木箱の中から静電気のような弾ける音が鳴った。

 今、俺がハマってるシューティングゲーム、「俺が空 ザ・ドッグファイト」だ。

 戦闘機で敵機を撃ち落としてる気分が味わえる。


「よっしゃぁあ! 五十機撃墜達成だぜ!」


 俺の横で相棒のクリムが悔しそうに悶絶。


「くっそぉ! 俺は四十五機。また負けたよ」


 そのとなりではチビ助のタロが不満そうに吐露。


「僕は三十機。ディノンは本当にこのゲーム上手いよね」


「バランス感覚と瞬発力が物を言うゲームだからな?」


 相棒は悪態をつく。


「ちっ、調子乗りやがって」


「ははは! これが才能の差だよ」


 巨人のように胸を張っていると、反り返った背中を押される。

 どっちがこっちという訳ではないが、通路を歩く人間にぶつかったようだ。

 俺の道理は何人たりともゲーセンでぶつかった奴には、喧嘩を売るというポリシーがある。


「てぇえなぁあ? どこ見て歩いてんだコラァ!」


 赤い髪の毛を肩まで垂らした長髪のスカしたそいつは、さも当然のように返した。


「ぁあ? 突っ立てバカみてぇに笑って、邪魔してるヤツがワリぃだろ?」


「誰がバカだ! ぁあ?」


 長髪野郎は飢えた虎のような目でガン付けてきやがる。

 負けじとこっちは飯を食う時の野良猫のように睨みつけた。

 

 視界の隅で相棒にタロが不安の声ですがる。


「ク、クリム。どうしよう? ケンカになるよ?」


「この前、街で不良とケンカして親にスゲー怒られたからなぁ……俺も困る」


 相棒のクリムは顔を歪めて考え込むと、何か閃いたように表情が咲く。

 そして素早く歪み合う俺と長髪野郎の間に割って入ると、二人の頭を掴み強引に引き寄せる。


「おい、クリム? 何しやが――――」


 問いただす間もないまま、俺と長髪野郎の唇が重なり、男同士で互いの呼吸と時間を奪った。

 今何が起きているか解らずパニックになり、止められた呼吸を取り戻す為、俺と長髪は互いに突き放す。


「「オォオォエェェエエエッ!!!⁉」」


 嗚咽が止まらない。


 俺は怒りの矛先を不良から相棒のクリムに移す。


「テメェ! 何しがる⁉」


「い、いや、コントライブで芸人の男達がケンカした後に、キスして仲直りする芸をやってたから、ケンカを止めるにはソレしかないかなって」


「バカか⁉ アレは芸風だろが! ヤラセだろが! ザッツ、エンタメなんだよ!」


「落ち着けよ!」


 長髪野郎は仕切りに口を拭いてこっちを睨みつけて吐露する。


「キモチワリぃなぁ〜」


「俺だってキモチ悪いんだよ!」


「もういい。やってらんねぇぜ!」


 去り際、長髪は渾身の捨て台詞を吐く。


「お前……案外、唇柔けぇな?」


 けなされたのか褒められたのか訳もわからず、俺も負けじと虚勢をはる。


「お、お前もな?」


 そしてヤツを見送った。


 "後に、この二人が運命的な再開を果たすとは、誰も知る由もない"


 俺は脇でうるさい相棒を叱咤。


「おい? クリム。変な芝居入れんな。再開なんてしねぇ。二度と合わねぇよ!」


「わかんねぇぞぉ?」


§§§


 胸糞悪くなり遊技場を出て道を歩く。

 さっきのロン毛との喧嘩が不完全燃焼で終わって腹の虫が納まらねぇ。

 虫がひっくり返ってガキみたいに足をジタバタさせてやがる。


 下を向いてワナワナと震わせる両手を見ながら、歩みを進めていると何かにぶつかる。


「いてぇな? どこ見てんだ!」


 クリムがせせら笑った。


「お前バカだなぁ? 看板に喧嘩吹っかけてんなのかよ」


 木製の電柱に立てられた縦看板には【ユウガ神社は災害時の"広域避難場所"です】と書かれている。


「くそっ、こんなトコに看板立ててんじゃねぇよ!」


 今は目についた物すら憎らしい。

 うさを晴らしに看板へ向けて思いっきり蹴りを打ち込むと、当たった場所がへこんだ。

 すると、それを見ていた地域ボランティアの見回り隊が「お前達! 何やってんだ!」と声を荒げて向かって来た。


「やべぇ! クリム、タロ、逃げるぞ!?」

 

 俺は逃げ足の遅いタロを肩に担ぐとボランティアのオッサンへ、タロの尻を向けて太鼓のように叩いて挑発した後、「捕まえてみろ!」と捨て台詞を吐き立ち去る。

 当然、タロは黙ってられなかった。


「だからお尻叩かないでよっ、ディノン!」

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