邪眼の中の侵略者

ジャガン・エスニシティ

 清廉な歌声を響かせる少女イノリアの先には、青空色の表皮を持った巨体、街獣ユウガがいつまでも眼前を埋め尽くしていた。


 五十万人が暮す街に危機が訪れ、人々を守る為に伝説の街獣ユウガが覚醒した後は、ただただ混乱に流されていく。


 燃え盛る街から出た煙で黄金の空は隠され、避難地域の神社全体が暗澹あんたんとしていた。

 街獣ユウガが仁王立ちする背に建てられた街は、火事を知らせるサイレンが鳴り続く。


 ユウガの肩越しに悪魔の角を生やした敵街獣を見ると、まとう積乱雲が鎧を剥ぎ取られたように穴だらけになり、地肌のような物が見え隠れする。

 が、奇妙なのが周辺に漂う雲や溶岩から立ち上る大量のガスが、敵街獣へ磁石のように寄り集まって濃さを増し、最初に遭遇したような積乱雲の塊に戻った。

 今はどす黒い雲の周りを、雷がイトミミズのように駆け回っている。


 あの街獣は煙を操るのか?

 後味の悪さがいつまでも残った。

 

 惨事の影を落とす街で地域のスピーカーから、ガラスを爪で引っかくようなハウリングが響き、慌てて耳を塞ぐ。

 街のお知らせや災害時に避難誘導を促すスピーカーだが、放送内容は想像を越えた物だった。


『ウガ――――ユ、ガ……ユウガ・エスニシティの政府、並びに市民に告ぐ。こちらは【ジャガン・エスニシティ】である』


 低く腰を据えた声を聴いて、自分がやった放送室占拠を思い起こす。


 これって、電波ジャック?


『単刀直入に伝える。貴公らは”我々の街獣”が行く進行ルートをさまたげている。これは不可侵条約を逸脱し、我がエスニシティの生存権を脅かす行為だ。ただちに立ち退いてもらおう』


 何だコレ。

 ジャガン・エスニシティだって?

 あの怪物にも俺達と同じように街があって、人間が居るってのかよ。


『貴公らの考えを明瞭に知る為、明朝、電信にて会談の場を設ける。これに応じて頂きたい。こちらからは以上だ。では、失礼する』


 一方的な話にしか聞こえない。

 これって攻撃だろ?

 先にケンカを仕掛けた連中が、俺らの街が邪魔だから悪いって、因縁を吹っかけて来やがるのかよ。


 混乱の叫びと燃え盛る街の背景とは別に、境内へ連なる三千階段から、複数の白い人影が頭を見せ入口の鳥居をくぐる。

 どこかの戦隊物みたく五人でVの字に広がって、ゆっくり階段を上がる様は、戦車か装甲車が勾配こうばいな坂を登りきったような威圧感があった。


 イノリアをかばって瓦礫の犠牲になった白装束とは違う。

 白装束の五人は足並み揃えた行進のように歩き、歌うイノリアの前で止まるとリーダーらしき男が、混乱する避難民を落ち着かせる。


「皆さん、落ち着いてこちらの指示に従って下さい。我々は内務省の外局、【神祇院じんぎいん】の者です」


 後ろでザワつく避難民の中で、孫とその爺さんの会話が聞き取れた。


「じいじぃ。あの人たち誰?」

 

「神様の為に神社のお仕事をする人達だよ」


 白衣装の神祇院がイノリアに近寄りなだめるように声をかけた。


「聖女様、危難はさりました。もう詠唱の必要はありませぬ」


 イノリアが歌声のトーンを徐々に落としていくと、間欠泉が破裂したように何かが噴射する音で、思わず肩をビクつかせた。

 

 眼前の街獣ユウガは全身から空気が抜け、ゆっくりと縮む風船のように萎む。

 水色の表皮から蒸気を吐いて一回り小さくなると、神社の石畳が揺れた。

 いや、崖の街全体が微震動を起こしている。

 口先の二枚羽が折りたたまれ、ヒゲクジラ型の街獣が時間をかけて街の崖下へ、吸い込まれる。

 あっというまに山のような陰は消え、災害前と同じユウガ岬が顔を出すだけだった。


 白装束の五人組がイノリアを囲むと、彼女はうつむき自身の影を追った。

 

 イノリアは、あまりコイツらのことが好きじゃないようだ。


 こいつらシロアリみてえに増えやがって。

 俺はイノリアの前に出て立ちはだかり、神祇院のリーダー格を睨んで噛み付く。


「どう見ても、嫌がってんじゃねぇか」


 リーダー格は呆れながら俺を無視して話かける。


「聖女……イノリア。君に熱烈なファンがいるのは構わんが、仕事はわきまえてくれ」


 イノリアはしばらく黙った後、風でかき消されてしまいそうな小さな声で「はい」とだけ返事した。

 それを聞き入れた白装束は高圧的に近づき、俺の肩を掴んで無理矢理退ける。


「近づくな。ここは坊やの出る幕ではない」


 いくら大人でも限度がある。

 頭に血が登り飛びかかろうとした。


「どいつもこいつも、誰が坊やだ!!」


 しかし、少女イノリアは一喝する。


「やめて!」

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