九死に一生

 白装束野郎に殴りかかろうとした俺は、芸を仕込まれた犬のように動けなくなった。

 さらにイノリアはイケ好かない白装束をかばうように話を継ぐ。


「悪い人達じゃないから」


 神祇院は落ちたトの字型の補助杖を拾い、彼女の右手へ手渡しする。

 彼女は持ち手を掴み、補助杖のバンドを手首に巻き、杖へ体重をかけた。

 彼女は杖をコツコツと鳴らしながら、半回転して背にある神社へ向く。


 わけわからねぇよ。

 君はそんなに沈んだ表情を見せてるのに、ただ無理強いを我慢するだけなんて。

 しかも聖女とか、どこの伝説や神話の話をしてんだよ?


「お、おい、イノリア……イノリアぁ!」


 彼女はあえて無視したのか振り向かず、五人の白装束に囲まれながら、やしろの方へ歩き出した。

 義足の足を引きずる彼女に歩調を合わせながらも、白装束は守る姿勢で移動し、薪を割るように避難民の中を掻き分けて進む。

 

 崖の壁際に建てられた社の真ん前には、レスリングでできそうなリング状の台地がある。

 台地の左右には二本の牙を逆向けにしたオブジェが、対象に置かれ門を構えた形になっていた。


 五人の白装束にエスコートされた少女イノリアは、そのオブジェを通り過ぎて階段をぎこちなく登り、社の扉へたどり着く。

 白装束は太陽をかたどった観音開きの扉を開き、イノリアを中へ誘う。

 聖女は暗闇へ消えると、扉は白装束達の手により閉められた。


§§§


 俺と避難民は神社から、神祇院なる怪しい使いっぱしり共に市役所へ誘導された。

 避難所として開放されていた市役所は、人が密になり足の踏み場もない。


「ディノン!」


 聞き覚えのある馴染み声がしたので、ごった返す人の群れを見回し、そいつと目が合うと手を振って来た。


「タロぉ⁉ 生きてたか!」


 俺は人混みをかき分けてチビ助のタロに近寄った。

 タロは全身泥まみれの上に、スリ傷も目立った。

 チビ助は目に涙を溜めて言った。


「ディノンも無事だったんだね」


「お前、よくあの土砂で平気だったな?」


「平気じゃないよ? 土砂に埋まってたんだけど、たまたま頭が土の上に出てたから救助の人が見つけてくれたんだ」


 俺はタロの金髪キノコ頭を見て、思わず鷲掴みにした後、クシャクシャにほぐす。


「そうか〜、このキノコのおかげか〜。キノコが土から出てたのか〜。キノコ〜」


「キノコじゃないよ! タロだよ!」


 タロに掴んだ手を払われた。

 するともう一つ馴染みの声がした。


「ディノン! タロ!」


 振り返ると混雑を掻き分けて寄って来た、黒ずくめの少年こと俺の相棒。 


「クリム? お前も生きてたか!」


「お前らも元気そうで良かった。親父の手伝いで郵便局に居たんだけど、避難指示聞いて外に出たら、郵便局が飛んで来た岩に潰されちまった」


「親父さんは大丈夫なのか?」


「あぁ、ギリギリで親父も逃げ切れたよ」


 するとクリムの後に付いて来た、親父さんの姿があった。


「おぉ! 君達も無事だったか?」


 親父さんは気の良いと評判の勤め人だ。

 だから不良のくせにクリムは親父さんの仕事を手伝う。


「おじさん。郵便局が潰されたってマジかよ?」


「そんなのはいいさ。皆が無事でいてくれれば。妻が大分前に亡くなっているからね。この子までいなくなったら、本当に辛い」


 おじさんの奥さんでクリムの母親は街で起きたテロ事件で、巻き添えになって死んでいる。

 親父さんは思い出したように気が付き俺達を急かす。


「君らも家族が心配だろ? 早く家に帰って無事を確かめなさい」


 それを聞いたら急に落ち着かなくなって家が恋しくなる。


「は、はい! じゃぁクリム。またな」


「おう。気を付けてな」


 クリムと親父さんに別れを言ってから、タロと一緒に市役所を後にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る