街獣(かいじゅう)

 息を切らしながら灼熱の地平線へ目を向けると、積乱雲に覆われた悪魔の影が佇んでいた。

 蜃気楼とか夢とかそんなんじゃない。

 現実に存在している。

 しかも街がまるごと飲み込まれそうなくらい、バカデカい。


 何が起きてんだ?

 タロは無事かよ?

 相棒のクリムは?

 タロと違って運動神経がいいから、大丈夫だろうけど……。


 振るったサイコロのように石が崖を転がると、土砂崩れの前触れを察して身の危険に恐怖した。

 俺は安全な場所を求めて歩き始める。

 滑り台に家を建てたような街だから、崩れる時はドミノ倒しよりも早い。


 もう街の第三層表面は、おもちゃ箱をひっくり返したみたいに建物が転がり落ちて、道が箸でえぐった豆腐のように寸断されていた。

 さっきまで商店街は活気に溢れ、通行人が行き交う平凡な風景だったのに、今ではウソのように瓦礫で埋もれ荒廃している。


 辺りを見回して安心して進むルートを探していると、倒れて折り重なる柱の裏に人影があった。

 近寄ると被災者であろう人間は、地べたにヘタリこみうつむいていたので、足をくじいたように見える。


 俺には日頃から信条にしていることがあった。

 困っている人を助ける奴は、例えどんな不良でもカッコいい。

 俺は信条に従いヘタリ込む被災者に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか!?」


 近くで見ればそれは自分と同じ歳くらいの少女で、ダークグレーの髪を後頭部に着けた蝶の髪飾りで小さなポニーテールを作っている。

 ピンクのカーディガンに紫色の振り袖。

 こちらの声に気付きうつむいた顔を上げると、アメジストのような紫の瞳が不安定な視線を返す。


 この、どこかで?

 いや、どこかもここかもない。

 だって昨日、顔を合わせたばりだ。

 そうだ、ユウガ岬で出会った幽霊のような女神のような天女のような、異次元の魅力を持つ少女。

 確か名前は――――いのれや?


 違う、イノリアだ!


 足を揃えて寝かせながら座り込む彼女は、視線を落として何かを見つめ震える。


 混乱で上の空なのか、もう一度を声をかけながら駆け寄る。


「おい! 大丈夫か?」


「私をかばったの」


「え? かばう?」


 返事を返した彼女の視線をたどると、紙の箱を潰したように車が瓦礫で下敷きになっていた。

 その横で全身赤い服の男が倒れている。

 

 あまりの惨さに俺は目を背けた。

 ゆっくり目線を向け生きてるか確認する。

 よく見れば同じく岬で出会った生け好かないの白装束の男が、瓦礫の下敷きになり血溜まりの中で倒れていた。

 血で染まり白いコートが赤く変わていたのだ。

 

 吐き気をもようしてきた。

 医者じゃないから解らないけど、死んでるようにしか見えないし、生きてても助けられない。

 かばったて言ってるけど守ったのか?

 やっぱりこのは、どこかの令嬢か海外のVIPか?


「イノ……イノリアだっけ? 立てる?」 


 立てるか確認する為に足元を見ると、膝まではだけた足があらわになり、男としてのさがで気恥ずかしくなって目をそむけた。


 だが、自然に生まれた人間なら普通はない、異質な物に気がつき頭が冷えて目を戻す。


 左の足は綿のように白く健康的な美しさを見せるのに対し、右足は灰色で人形ように冷たく硬い質感を感じさせる。

 足首は機械の可動部のように切れ込みが目立った。

 右足が義足なのだ。


 イノリアは小さく訴えかける。


「……神社」


「は? 何?」


「私をユウガ神社に連れていって」


 ユウガ神社? 何で神社なんかに――――。


 街で悪さして回っていた時に目で情報を捉えて、頭の片隅に追いやっていたことを思い出した。


「あ! "広域避難場所"か!? あそこへ逃げ込めば安全かも。でも、ここからかなり歩かなきゃならないな」


 少女が地響きに張り合うような声を発する。


「早く連れていって!」


 意表をつかれたこともあり正直、かなり驚いた。

 顔の表情や呟くような小さな声から、控えめな性格だと思っていたが、女の声にここまで圧倒されるなんて。

 我に帰り彼女の手を掴み立ち上がらせる。

 両肩を掴み支えながら瓦礫で埋まる道をゆっくり歩いた。


 気にしないようにしても、その物々しい存在感と断続する余震は否応なく気になる。

 足を運びながら外の世界へ目をやった。

 灼熱の赤い地平の上に蜃気楼のように浮かぶ真っ黒な影は、周辺の山々よりも高く斜面を巨体で砕きながら歩み寄ってくる。


 相変わらず積乱雲を羽衣のように全身にまとい、黄金の空から降り注ぐ光の雨に当てられても、その色彩は変えることなく漆黒に包まれ、上層雲へと首を突っ込み顔を覆面のように覆う。


 霞かかった雲から除く黄色い二つの対を成す双星は、おそらく悪魔の目玉。

 ギラリと光る目玉は、まるで暗黒の空間を引き裂いたように、閉じたり裂けたりと瞬きをする。


 見る限り俺達人間と同じで間違いなく生きている。


 数十キロは離れているが巨大過ぎて、目の前で大木が揺れているような印象を受ける。

 悪魔のような影が迫って来ることが解り、戦慄を覚えた。


「何なんだよ。アレ?」


 イノリアは口から言霊が溢れ落ちるようにつぶやく。


いにしえより、この世界を闊歩し、人が営みのり所にしている街のけもの。【街獣かいじゅう】」


「か、かいじゅう? そんなのお伽噺とぎばなしでしか聞いたことないぜ?」


 目ん玉をひん剥いて見ても信じられない。

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