軍神の加護

 ここにいる大臣逹は質問の答え持ち合わせていないようなので、差し出がましいと思いつつ知事ユリナが答えをすくう。


「もし遭遇すれば、この場の皆様と市民には有事を避けられないことを、ご覚悟して頂きたいのです」


 上からの物言いに捉えたのか、大会議室で虫が通りすぎたかのような、小さな毒づきが聞こえた。 


「ぶ厚いつらの厚化粧め」


 聞こえないよう配慮した毒づきなのか。

 あるいは聞こえるように言ったものの、言ってない素振りを見せた嫌みなのか。

 下品な悪態はこちらの耳に聞こえている。

 大方、内務大臣だろう。

 内政問題でいつも意見を別つので折り合いが悪い。


 総理大臣は話の主旨を呑み込めたのか疑問だが、呑気にボヤく。


「軍神の加護を祈るばかり……ですね」


 総理は花が咲くように顔を上げると、重苦しい空気の換気を図ろうと話題を切り返した。


「ところで来月の花見の会は、どれくらい人が集まりそうなの?」


§§§


 ユリナは閣僚会議が終わり官邸の廊下を出口まで進む。


 公務の時はいつも同じ服で望まなければならない。

 緑を基調とした長袖からロング丈のスカートまで、一つで繋がったワンピース。

 首回りは誰が見ても清く正しい見えるよう襟が首を覆い、袖口はユウガ市民の女性らしく振り袖のように開けられている。

 これが会食の際、垂れ下がらないよう抑えて食事をつまむのが煩わしい。


 腰から足にかけてマーメイドラインがくっきり現れ、膝から下の裾はお辞儀したアサガオのような形。

 身体にピッタリのサイズ感だからか、窮屈な上に体型を崩す余地がないが、やはりのこの服装でいると、どこで足下をすくわれるか解らない政界という場で、身も心も引き締まる。


 張り詰めた会議室から正門までの回廊は、一仕事終えたことで緊張が緩和されるからか、自然と溜息混じりで小言が漏れる。


「もしこれが侵略なら、いずれ街に災厄が訪れます。軍だけでこの危難を乗り切れるでしょうか?」


 盾のように先頭を歩く警護官のティガ班長へ、聞かずにはいられなかった。

 軍人らしく髪はこざっぱりしており、茶色い前髪を火柱のように立てて、目を刃物のように尖らせるところは武人そのもの。


 階級は中尉。

 元々は空を駆ける戦闘機乗りパイロットだが、戦乱なき平和な街では戦闘機による緊急出動はない。

 長く前線基地に留まる必要がないのと、妻子との時間を取る為に前線とは逆の、警護任務に配属を希望しのだ。

 ティガ班長は答えをためらった後にハッキリと意見を述べた。


「あくまでも、本職(自分)の意見なので的を得た話とは言いきれませんが、長いこと戦火に身を投じていないゆえ実戦で考えた場合、軍の戦力は万全とは言えません。なにより、我が軍は平和を維持する為に専守防衛を余儀なくされています」


 負担のかかる助言に気が重くなる。

 ユリナは子供の頃から親、祖父母に聞かされた伝承を思い出した。


「"軍神が目覚める時、戦争は避けられない"……言い伝えのとおりにならなければ良いのですが」


 神殿のような官邸の出入口は、床に街の紋章が描かれており、円の中にある白い片翼から神話の生物ヒゲクジラが横顔を突き出している。

 紋章を五歩で通り過ぎると、外に駐車した車の後部座席に座り、官邸を後にした。


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