エスニシティ知事
「エスニシティ」とは、言葉、食、価値観、信仰、宗教、風土など特有の文化を指す言葉だ。
さらには、その文化や歴史を他の集団と共有、習合させることも意味する。
大まかに民族性とくくられる言葉だが、このユウガ・エスニシティに置いては市、都、村、領土、政府、自治体、その他の集団。
街でありながら一つの国としての性質を有している。
§§§
早朝、街の第二層。
崖の裏側に位置しており雲より上の天界に、最も近しいと言われる【総理官邸】
かんざしのついた冠がズレてきたので、さり気なく指先で押し上げてズレを直す。
公務の場ではこのティアラのような冠を、着用するよう義務付けられている。
市民声をいつでも聞き入れるというアピールになるからだ。
とはいえ公務に追われている身では、なかなか冠を机の隅に置き去りにする機会が無い。
頭の気がかりが無くなり、他の大臣に名指しされても戸惑うことなく集中力を保てた。
「ユリナ知事。この報告は確かなのかな?」
官邸内にある大会議室では、街の有事を想定し緊急事態に備える閣僚会議が行われていた。
皆一様にイチョウの葉を模したネクタイを首に巻いているが、知事ユリナだけが例外。
集まった男性政治家の中で唯一、彼女だけが女性議員なのだ。
「はい。気象庁が確認したところ、確かに"山"が動いたそうです」
外務大臣が続けて懐疑の視線を向けながら聞く。
「見間違いではないのかね?」
外務省とは世界情勢を把握し、自国の驚異をいち早く察知することを求められる政府機関。
戦争に使われる火薬が燃える前に、話し合いでその火種を消すのが外務省の仕事。
その外務省の長が外務大臣である。
外交を意識してか外務大臣は異文化を取り入れた身なりをしており、肩まで長い白髪をいつくもの巻物が、絡みついているのかと思うほどカールさせている。
次に内務大臣は落ち着きなく話した。
「だが、我が街は十年以上、戦争を経験していない」
内務省とは工事などの建築、市民の労働、食品や医療などの衛生管理、学童の教育、宗教の自由の保証、そして治安維持組織。
これら全てを司る一大内政機構であり、その内務省の長が内務大臣である。
魔境の奥から魔人が唸なっているかのような低音の声で、防衛大臣が威圧的な姿勢で言葉に被せる。
「お言葉ですが内務大臣。
低音ながら聞き取りやすく、それでいて圧迫感のある声質は、室内の政治家達に緊張感を与える。
侵略者が襲来した際、軍隊を指揮し街の防衛に努めるのが防衛省の役割だ。
その防衛省の長が防衛大臣である。
他にも自国の軍が武力を使って、反政府活動を行わないよう、政治の力で軍に圧力をかけられる任を持つ。
防衛大臣は背もたれに肩を預けて、胸を張り言う。
「ですが我が【ユウガ軍】はいついかなる時に備え、防備を徹頭徹尾固めておりますゆえ、戦事には万全を期しております」
大蔵大臣がイラ立たしく言う。
「戦争など言語道断。ただでさえ防衛費で街の予算は湯水のように使っているのに、これ以上、予算を吸い取るおつもりか?」
政府の財産管理を任されている大蔵大臣は大蔵省の長たる人物。
常に数字とにらめっこしてる心労が頭髪にきているからか、緑を綺麗に刈り取られた丘のように禿げている。
が、不毛の丘に芽吹いた葉のように、頭頂部から一本の髪がストレスという木枯らしに耐えていた。
大蔵とは古い倉庫で荷物置き場の他に、財産を保管する場所だった。
国の予算を工面する大蔵省の由来は、そこから来ている。
その大蔵省の長が大蔵大臣。
夫婦間で夫が「ウチの大蔵大臣が小遣いをくれない」という洒落があるが、それは妻が財布の紐を握っていることに由来する。
この会議室の上座の大臣に視線が集まる。
おぼちゃま気質を感じさせる風体に松竹梅の柄が入った、縁起物のスーツを着た総理大臣は端的に聞く。
「仮に侵略勢力が攻め込んで来たら、どうなるの?」
総理大臣は国の象徴である国家元首の元でその存在を許され、この場にいる各大臣の長を担う者である。
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