灼熱地獄の異世界

「やっぱり、ここの眺めは最高だな」


 パノラマに広がる風景は、明日の不安や将来の心配事を忘れるほど壮大な眺めだ。

 ここユウガ岬から見る景色は、金色の絵の具を塗りたぐったような、黄金の空が地平線まで広がる。

 

 街の外は空気もなく大地は溶岩ラバが広がり、赤みの強いオレンジ色に光るマグマが吹き出て高温。

 しかも溶岩が大気と反応して有毒な煙霧ヘイズを放出している。

 学校の授業でマグマの温度は一千度だって習った。

 温度が低い場所でも、数十分もしないうちに丸焦げの灼熱地獄だ。


 雲は有毒ガスの固まりで、そこから降る水滴は鉄をも溶かす硫酸の雨。

 お天と様の気まぐれで厚い雲が一日か四日の周期で、空の光を隠して街を暗闇にすることもある。


 この世界は命ある者には過酷すぎる。

 いや、生きられない。

 だから街の外へ簡単に出ることが出来ないんだ。


 そんな世界で生き物が生きていけるのは、街の地面から大量に出ている、空気のおかげだ。

 空気が街全体を覆うバリアになって、高温の大気を適温まで冷やし、街の上空で硫酸の雨を中和して真水に変える。


 この街に生まれた人間は、ここ以外の世界を知らない。

 赤く燃え上がる大地の先に何があるのか解らないし、知りたくても大人達は言葉を、魔法の壺に吸い取られたように話さない。

 もしかしたら大人達も知らないのかも?


 岬の断崖絶壁から見れば、世界の果てが見渡せるかもしれないと期待して足を運ぶと、風に乗せられたように淡く儚い歌声が聞こえた。


 こんなマグマしか見れない場所、俺しか来ないと思っていたけど、他にも物好きな奴がいるのか?

 いや、待てよ……。


 歌に誘われるように断崖へ恐る恐る足を進めると、そこには人影がたたずんでいたのだった。


 ヤベェ! マジで幽霊に出くわした。


 その影は黒味が強い灰色の髪を腰まで伸ばし、頭の後ろに止めたモンシロチョウの形をした翡翠色の髪飾りで、小さなポニーテールを作っている。

 全体の輪郭は少女の姿。

 

 彼女は溶岩流の地平を前に歌声を響かせ、その美声で太陽の光を呼び寄せているように、輝きを放っていた。

 これは幽霊なんておどろおどろしいモンじゃない。

 黄金の空に照らされた少女は次元を超えた美しさを持ち、まるで天空から降り立った女神か天女のようだ。

 いや、聖女のほうが神秘性を言い表せる。

 なにより、歌声は自由に羽ばたく鳥のように楽しげに聞こえる。

 とりあえず両足があるか覗く。


 聖女の足はしっかりと岬の地に付いていた。


 生きてるよな? 話かけてみるか。


 つかず離れずの距離から、背後へ挨拶を投げかける。


「あの……チワッス!」


 聖女の歌声が止まった。


「ここ、よく来るの?」


 聖女は地平を眺めたまま答えない。

 もう少し話かけてみよう。


「俺もよく来るけど、君みたいな女子とは初めて会うよ」


 返事はない。

 もう一押ししてみるか。


「俺、岬の風景好きなんだよね。地平線の海が見えてキレイでさぁ。なんか、世界は俺の物だぁー。って両手を広げたくなるよ」


「……」


 無視なのね。

 何か共通の話題がないか探る。


「君もこの岬好き?」


「……うん」


 おぉ! 反応してくれた?


 徐々に距離を縮めながら話を続ける。


「そうなんだ! 街中で最高の風景が見れる所だよ。大人達は落ちるかもしれないし、【ユウガ火山】が近いから近づくなって文句言うけど、噴火するような火山なんてどこにもないよね?」


 彼女はゆっくりとこちらへ向く。 

 振り向く動作はたどたどしく、地面をコツコツと小さく叩く音を出していた。

 こっちを向くと右手にトの字型の補助杖を掴み、姿勢を保ちながら対面する。

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