第2話 見られたひみつ

ふと昔を思い出していた。恵は目を閉じる。一年前のあの日…臍を虫に刺されてから、一年が経っていた。

「色々…あったなぁ」

ふと目元を腹部に移す。私の真ん中にあるモノ。これさえ無ければ、いや、そもそも学校に行っていなければ「あの事件」は起こっていなかったのかもしれない。




「はぁ…はぁ……んぐぅ!?ヒィっヒィっ!!」


臍の奥が熱い。まるで熱した小さな鉄球を臍に埋め込まれているような激痛が走る。恵はその痛みが尋常でないことから、教室には向かわずに保健室へと一直線に向かうことにした。


保健室に向かうということはつまり、己のコンプレックスを相手に曝け出すことを意味するのだが、恵は臍の痛みで頭が一杯で、何一つ気付くことなかった。


奇跡的に誰とも会わずに保健室のドアまで辿り着いた。


「し、失礼します…!!」


恵は叫んだ。「か、金子先生!!助けて下さいっ!!」


その相手は振り返り、キョトンとして恵を見た。


「ど、どうしたの?斉藤さん??」


彼女は金子麗香。ここの養護教諭である。


麗香は、頭髪は乱れ、顔中が汗まみれ、内股で腹部に手を当てている恵を一瞥し、


(腹痛だ)


そう判断し、すぐさま恵をベッドに寝かせた。


しかし、痛みに顔をしかめているものの、一向に腹部に当てた手の拘束を解かないので不審に思い始めた。


…「押さえている」、というより「隠している」…??


「斉藤さん?ゆっくりで良いから教えて欲しいんだけど、何があったの?」


恵は顔をしかめながら、「虫に刺されました…すっごく痛いです…薬を頂けませんか?」と途切れ途切れに答えた。


麗香は少し考え、「この季節だと、ブユかしら…吸血性の昆虫で、刺されると患部が痛痒く腫れるのよね」


「で、どこ刺されたの?」


「あ、…おへs」


その瞬間、恵はようやく事の重大さに気付いた。


その一方で、何故か麗香の目は鋭くなっていた。


「何?おへ?」


恵の心拍数が上がる。ダメだ。ここで正直に言う?言ったところで見せなければバレないし、自分で塗ればいい…それに、いくら何でも他人のお臍に薬を塗ろうとはしないよね…なら、正直に言って薬を受け取って帰ろう!


「お、…おへそに刺されちゃって〜…あはは、なんかすみません。自分で塗りますから、薬貰えますか〜?」


固まる麗香。冷や汗が止まらない恵。


一瞬の間があり、麗香が棚を漁り、小瓶を一つ持って来た。

 

「ふ、ふふふ…ご、ごめんなさい…何かと思えば、そんな所を刺されたの??随分器用な虫だったのね〜」


麗香は薬を恵に手渡した。「ただ、この薬は持ち出し厳禁なの。そこのベッドに座って塗って頂戴」


恵はそそくさと麗香に背を向けるようにベッドに座り、臍を曝け出した。小瓶の中身を少量指につけ、臍に優しく塗り広げた。


(ん…ひんやりする…なんだろう、この薬…ちょっと緑がかってるし、綺麗…)


恵は指で臍を拡げ、夢中になって豆の表面に塗布していた。


「ふーん…そういうこと」麗香が突然呟いた。


独り言かな?と恵は構わずに塗り続けていると、


「まぁそんな形してたら、虫に刺されても仕方ないんじゃない?斉藤恵さん?」


心臓が止まるかと思われた。恵はゆっくり後ろを振り返る。麗香は自分の机に座り、頬杖をついてこちらを見ていた。


「は…はは…先生、そこからじゃ私のおへそ見えないでしょ…?変な冗談やめてくださいよ…」


苦笑いする恵に対し、麗香は表情を変えずに答えた。


「見えてるわよ。全部」


麗香は部屋の隅を指差した。そこには、監視カメラが設置されていた。


「…え??」


「貴女の臍はぜーんぶ撮らせて貰ったわ。データはこのスマホにも転送されてる」


「ど、どうしてこんな…!?というか、犯罪ですよ!??」


「訴る?良いけど、このデータはネットに広がることになるわよ」


「な、何が目的なんですか…?お、おかね?」

恵は麗香の突然の行動に動揺を隠せなかった。


「そんなの要らないわよ。貴女から巻き上げても大した金額にもならないしね。それより、して欲しいことがあるのよ」


「し、して欲しいこと…?」


麗香は舌舐めずりをして、こう答えた。


「見たいのよ。本物の貴女のお、へ、そ」

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