コンプレックスの裏返し

@bely

第1話 はじまり

嫌な夢を見た。朝目覚めると、夢を見た自覚はあるのに、その内容を深く思い出せない。

一つハッキリとしているのは、多くの人に自分の体のどこかを嘲笑われていたことだけだった。


ベッドから起き上がった少女の名前は斉藤恵。女子高校生として日々を過ごしている。性格は引っ込み思案だが、顔立ちも整い、プロポーションの良い体つきをしており、密かに学校内での人気も高い。


(なんだか嫌な夢を見ちゃった…どんな内容だったんだろう)

寝ぼけ眼をこすりながら、姿見の前でパジャマを脱ぎ始めた。上を脱ぎ、ズボンに手をかけ、少しずらしたところで、手が止まった。

目の前の鏡には、ブラジャー姿で、腰をくねらせてズボンを脱ごうとしている恵の姿。

そして、僅かに覗いているレースの下着の上には、大きめの窪みがあった。

(あ…おへそ…そうだ…確かあの夢は…)

恵は顔を赤らめながら、ズボンにかけていた指をゆっくりと上に移動させた。

息が上がり、心臓の鼓動が早まる。

指は、目的の場所に到達した。恵はへその淵に指をかけ、横に広げた。

縦に長く、何の変哲のないように思えた恵のへその穴には、普通の人にはない、小豆のような肉豆が埋まっていた。

(わ、私の秘密…で、でべそ…夢でここをからかわれてたんだ…)

羞恥のあまり、体が震え始めた。


しかし、恵自身覚えていないのだが、事実恵は過去にへそを対象にしたイジメを受けていたのだ。あまりの辛さに無意識に心の奥底にしまい込んでいたが、深層心理の上でコンプレックスを抱いていたが故に、夢に出てきてしまったのである。



12年前ー


恵、5歳。その頃の彼女の腹は、皮下脂肪に覆われておらず、へその肉がぴょこんと飛び出ていた。完全なでべそ、である。

恵は他の人とは違う自分のへそが嫌で仕方なかった。だから、着替えの時間はいつも隅でへそを見られないようにコソコソと着替えていた。

その様子を観察していた男の子がいた。クラスのガキ大将的な存在である子供である。

彼は、恵の事が気になっており、幼さ故にちょっかいを出してやろうと日々考えていたのである。その時、一瞬ではあったものの、恵のでべそが見えたのだ。

恵が隅で着替えていた理由に気づいた子供は、恵がシャツを脱いで半裸になっている時を狙い、素早く彼女に接近し、羽交い締めにした。

「えっ…?きゃ、きゃああぁあ!!?」

二人の間にはかなりの体格差があり、一瞬で恵は海老反りにされてしまった。

プルンップルッ…


恵のでべそが皆にバレた瞬間であった。

その教室にいた人物全員の視線が、恵のでべそに集まった。

「えー?めぐみちゃん、なに?そのおへそー!」

「へんなのー」

「おれ、しってるぜ!!でべそっていうんだ!!マンガのキャラでこんなへそしてるのいたぜ!!」

「なんかきもちわるーい。めぐみちゃんへんなのー」

「おへそがボタンみたいになってるー」

「なんかシワがあってきもちわるー」

容赦ない暴言が恵のでべそに集中する。物理的にはなにもされていないが、恵には皆の言葉が矢になってでべそに突き刺さる感覚を覚えた。

(いや、いや…恥ずかしいからかくしてきたのに…)


皆に見られているからか、でべその奥がじんわりと熱く、何やらむず痒い感覚が生じ始めていた…


この件は特に大きくならず、先生が皆を叱った事で打ち切られた。が、この件をきっかけに、恵は無意識に己のへそに大きなコンプレックスを抱く事になったのである。








(なんか…大きく、なってる?私のでべそ…)

淵をぐっと押すと、恵の肉豆が僅かに顔を出した。久しぶりに外気に触れた肉豆がぷるっと震えたような気がした。

「気のせい、よね」

へそから指を離し、時計を見ると、もうとっくに家を出る時間を過ぎていた。



最悪だ。普段は決して遅刻しないというのに…

恵は朝食もとらず、慌てて着替えを済ませ、家を飛び出した。

(急がなきゃ…これも全部おへそのせいよ…!)

普段乗っているバスが見えた。恵は間一髪で滑り込み、乗車することができたが…

服の袖がドアに挟まり、動けなくなってしまった。

(あ…まぁ、次のバス停で開くからいっか)


そう思い、息を整えようと下を向いたその時


恵の肉豆と目が合った。


「え………?」


なんと、朝着替えをする最中、ボタンを掛け違えて出てしまったのだ。恵はシャツの下にはブラジャーしか付けないので、服の隙間からは直に肌…いや、へそが露出してしまう。

不幸なことに、ボタンを掛け違えてできた隙間からは、ちょうど恵のコンプレックスであるでべそが顔を覗かせていた。


青ざめた顔で辺りを見回すと、皆恵のでべそに視線を向けている。


(い、いやぁぁあ……!!見られてる!私のでべそ、見られてるよぉ…)


隠そうにも、片腕は重いバッグを、もう片方は袖がドアに挟まれて動かない。


体を捻らせて隠そうとした…その時であった。


何か、羽音のようなものが聞こえる…


サッと恵の視線を横切ったその虫は、ブヨと呼ばれる吸血性を持った虫だった。


ブヨは恵の周りをグルグルと回っている。ブヨは体温の高いところに集まりやすい傾向があるのだ。恵はついさっきまで走ってバス停に向かっていた。体温が高くなっていて当然である。


ブヨは、恵の腹部に止まった。


(いや!!止めて!!!)


しかし、恵の願いも虚しく、ブヨの針は、恵の肉豆の先、いわゆる臍乳頭に突き刺さった。


プチュウ…


「あへっ…あっぐぅぅううう!!!」


恵は一番敏感な臍部の刺激に反応し、バスの中で素っ頓狂な声を上げた。


皆の視線が恵の肉豆に集まる。恵の胸が一瞬高まった。


タイミングの良いことに、バス停に到着し、ドアが開く。


恵は急いでバスを降りた。


「あぐぅぅう…おへそぉ…痛いよぉ…」


臍を必死に押さえ、恵はよたよたと学校へ向かった。


恵は臍を見た。肉豆は一回り大きく膨れ上がり、ピョコっと飛び出している。臍乳頭がズキズキと痛み、遠目から見てもはっきり分かる程赤くなっていた。


"でべそ"というフレーズに相応しくなりつつある自分の臍を見て、自分の体が脈打つのを感じた恵は、「ほ、保健室行かないと…」と臍を押さえることも忘れ、無我夢中で学校へと駆けて行った。



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